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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

西洋アンティーク紀行 第8回 ベルギーの蚤の市

 アールヌーヴォーが流行した1880年代、ブリュッセルでもこの新しい芸術運動が盛んになりました。建築にもアールヌーヴォーを最初に取り入れたと言われるベルギー人建築家ヴィクトール・オルタの作品も含め、今も美しい建物や装飾がそこかしこに残り、小パリと呼ばれるのに相応しい風情のある街です。
前回は、そんなエレガントな雰囲気のサブロン広場界隈について書きましたが、今回はそこからほど近いマロール地区のぐっと庶民的な蚤の市にご案内します。ジュ・ド・バル広場の蚤の市です(Marche aux puces de la place du Jeu de Balle)。ベルギーだけでなく、その近隣諸国であるフランス、オランダ、ドイツなどからありとあらゆる骨董やガラクタ?が流れ込んでくる、まさに「蚤の市」と言うにふさわしい雰囲気に満ちています。毎日朝7時ごろから開かれますが、やはり週末の出店数が多いようです。出店と言っても、テントを張っているような店は少なく、殆どが路上にシートを敷いたり、段ボール箱に詰めて無造作に並べたりしています。


「早朝から様々な品がびっしりと並びます」

 19世紀ブリュッセルで盛んであったペロタ(Pelota)という球技を練習する為の広場として1853年にブラース通り(Rue Blaes)に沿って作られたのがこのフランス語の名前の由来です。ベルギーのもう一つの公用語であるオランダ語ではVossenpleinと呼ばれる広場です。やがて市議会が、古着やガラクタ類をここに集積することにしたのが、この蚤の市の始まりのようです。


「ジュ・ド・バル広場に繋がるブラース通り」

 この広場の目印は、1854年から1862年に建てられたカプチン会修道院の一部であったネオ・ロマネスク様式の教会です。


「19世紀からこの広場を見守る正面の教会がアクセント」

 所狭しと並べられた品々には、家具もあれば、中古の電気製品、食器や衣類に靴まで、ありとあらゆるものが揃っています。古い毛皮のコートを自分流にアレンジしてヴィンテージ・ファッションとして楽しむ女性もいるようですが、そのまま普通に安い古着として買って着る人もいるようです。昔風に頭巾のように被ったスカーフを顎の下で結び、古びたキツネの毛皮を着て買い物しているおばあさんもいました。


「クタクタに履き古した靴や自作と思われる絵画も・・・何でもありの蚤の市」

 さすがに高級陶磁器などは見当たりませんが、なかなかおもしろいものもあります。ベルギーのご当地ブランドとしては、BOCH(ボッホ)があります。1841年にボッホ兄弟(Boch Freres)がベルギー東部に創業した会社で、幾度かの買収や倒産を経て、現在はロイヤル・ボッホ(Royal Boch)という名称です。庶民的な味わいの日常使いに耐える食器です。ほっこりとした温かみのあるデザインが魅力で集めるファンも多いようです。葉などを抽象化した連続柄などはよく見かけるのですが、私はここで、かなり写実的なBochの絵皿を思わず買ってしまいました。イヤープレートのように飾り皿として作られたものでしょうか、そこに描かれたパイプをくゆらせながら遠くを見すえる船乗りの鋭い眼光と思わず目が合ってしまいました。パイプを吸う人物の皿は珍しかったので、ちょっと重たかったのですがブリュッセルの旅の良い思い出の品の一つになりました。


「Bochのパイプを吸う船乗りの絵皿とバックスタンプ」

 Boch以外で良く見かけるのは、フランスのリモージュ産やイギリス製の大衆的な食器です。アンティークというよりも、中古品、古くてもせいぜい1950年代頃のものが殆どですが、普段使いに楽しむには良いかもしれません。


「蝋燭立てや、リモージュのディナーセットに貝殻まで、なんでもありです」

 私は、キッチュなプリントのボールを手に取りました。カフェオレ・ボールとして使っていたのか、それともシリアルを入れて食べたのか、かなり使い込んだ味わいが気に入りました。茶碗にピッタリの大きさです。ウィリアム・アダムス社(William Adams)のバックスタンプがあります。これは、1879年から1891年まで、タンストール(Tunstall)の工場で作られた陶器であることを示しています。アダムス家は、17世紀中頃からスタフォードシャー(Staffordshire)のバーズレムBurslemで陶器生産業を営んできましたが、その子孫が枝分かれしてからも代々この名で陶業を続けていたので、どのアダムス家のものか判別が難しいものも多いようですが、ちょっと楽しいものが買えました。


「ウィリアム・アダムス社のボールとバックスタンプ」

 イングランド中部にあるスタフォードシャー州では良質の粘土や石炭が産出されることから、17世紀頃から陶器が生産され、発展しました。ストーク・オン・トレント(Stoke-on-Trent)は、20世紀初頭に前述のバーズレムやタンストールを含む六つの町村が統合されたこの州最大の市で、ザ・ポタリーズ(The Potteries)の愛称で呼ばれる、イギリス陶業の本場で、とても素晴らしく美しい工業都市です。スポードやミントンもそうですが、ウェッジウッドの創業者もこの地の出身であり、おじさんから引き継いだ工場は、ストーク・オン・トレントに後に統合されたバーズレムにありました。1960年代、同社は競合他社を次々と買収して拡大し、1966年にはアダムス社もその傘下に収めたので、それ以後はウェッジウッドの一ブランドとしてアダムス社のバックスタンプの押された商品が作られました。


「このガラスの鼠はもしや1960年代に流行ったイタリア人形劇のキャラクター、トッポ・ジージョ?」

 それにしても、本格的骨董はなかなかないな、と思いつつ歩いていたら、おもしろいストールに行き当たりました。モジャモジャ髭を蓄えた、ヴァイキングの末裔のような赤ら顔のおじさんのテーブルの上には、小さいながらも興味深い品々がポツポツと並べられています。まるで宇宙人の頭のように見えるのは、実は角のある動物の頭のようであり、眼の造形から直感的に日本の縄文土偶の一部かと思いましたが、おじさんに訊ねてみました。すると南米エクアドルの発掘品だといいます。考えられるのはエクアドルでしたらヴァルディヴィア遺跡で、時代は日本の縄文時代晩期と同じ頃でしょう。よく似ているのは当然で、元々が縄文人の子孫が作っているからでしょう。日本の東北に繁栄した縄文の文化がアリューシャン列島を北上して、北アメリカのインディアンやマヤ文明に影響をあたえたりしながら、パナマ地峡を越えてエクアドルに到達したと推測されています。縄文時代晩期の紀元前2500年から2000年頃でしょうか。まさかベルギーでこうしたものに巡り合うとは思ってもいなかったのですが、おもしろいので早速値引き交渉をしてみました。店主の方から進んでどんどんまけてくれる他の店とは違い、この髭おじさんはなかなかしぶといです。この蚤の市に来る客で、こうした物を買う人はなかなかいないのではないかと、私は強気でしたが、相手は意に介せず、といった様子です。


「ジュ・ド・バル広場の蚤の市で異彩を放つ品揃えのヴァイキング髭おじさん」

 少し間を置くことにして、道路を隔てた向かいにある、ブラッセリ―・クレドール「La Clef d'Or」に入り、朝の空気ですっかり冷えた体を熱い紅茶で温めました。店名に因んだ「金の鍵」のオーナメントを天井のどの辺からぶら下げるか、店主の親子が常連らしき男性客達に相談しながら作業している最中でした。和気藹々とした雰囲気です。ブラッセリ―というにも簡素で、昔は日本にもよくあった、地元の人達に愛される平凡な喫茶店という感じに、異国でありながら和みました。スープやクロック・ムッシュも美味しそうでしたので、次回このジュ・ド・バル広場を訪れた時には味わいたいです。


「蚤の市に合わせて朝5時から営業しているというカフェ・クレドール」

 一息ついたところでまた蚤の市を一回りして、ヴァイキング髭のおじさんの店に戻りました。それに気を良くしたのか、再度一押ししてさっきよりもう少しまけてもらい、交渉成立としました。思わぬものを買うのも蚤の市の楽しさです。それにしてもこの市で一番古いものを買ったと思います。


「この日一番気に入った戦利品・南米エクアドルのヴァルディヴィア遺跡出土の角付頭(上段左)造形が素晴らしいです。他は似ている眼の縄文晩期の作品」

 秋の日暮れは早く、寒かったので、2時頃には店仕舞いを始めるところも多く、私もそろそろ引き上げることにしました。ここは毎日出店者が異なるということで、売れ残ったガラクタを、放置していく人もいるようです。後で清掃車が来て片づけるシステムだそうです。


「ここはかなり楽しめる蚤の市」

 このジュ・ド・バル広場のあるブラース通りと並行するオート通り(rue Haute)には、アンティーク店や家具店などが軒を連ねています。オート・アンティーク207(Haute Antique 207)は、19世紀に建てられた元映画館のネオクラシック建築の3フロアにわたりアンティーク店が集まったいわば骨董品のデパートです。クラシック・テイストのものから、50年代やポストモダンなど、店によって異なる年代や種類の品を扱っています。絵画、家具、照明など大振りのインテリア用品が多いですが、雨だったらこうしたお店を観て回るのも良いでしょう。確か日曜がお休みだったと思います。

 アンティークを眺めながらオート通りを散歩し、またサブロン広場を通って、グランプラスに向かいます。次回は、美しいグランプラスとベルギー・レースのお店をご紹介しましょう。

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