愛知県共済

インターネット公開文化講座

文化講座

インターネット公開文化講座

骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

西洋アンティーク紀行 第4回 イギリス・アンティーク紀行(3) ロンドンの骨董 コヴェント・ガーデンのアップル&ジュビリー・マーケット


「コヴェント・ガーデンを見守る騎馬警官」

 コヴェント・ガーデン・マーケットでは、毎日様々な市が開かれています。1世紀、ロンドンがまだ「ロンドニウム」と呼ばれていたローマ時代から既に集落があった場所です。13世紀、国王ジョンの時代に、ウェストミンスターの修道院(convent)の食糧を供給する為の広大な畑(garden)として開墾されて以来、700年間ロンドン住民の為の野菜や果物が作られていました。特に1666年のロンドンの大火で都市東側のマーケットが全焼してからは、一夜にしてロンドンで最も重要な果物、野菜、花の市場となりました。やがて、conventがcoventと綴られるようになったのが、現在の名称の由来ですが、人のたくさん集まる市場ですから、娯楽の場でもありました。17世紀ロンドン子の生活を知る貴重な資料となった詳細な日記を残した官僚・サミュエル・ピープス氏もここで、当時大流行したパンチ&ジュディ―という人形劇を見たと綴っており、それがこの有名な人形劇上演に関する一番古い記録とされています。同時代、1600年代半ばには南国の果物・パイナップルがイングランドで温室栽培されるようになり、富と歓待の象徴として建築その他あらゆるところでこのモチーフが使われるようになりました。コヴェント・ガーデンでも、天井からぶら下がる各ライトの上にパイナップルの装飾がついているのは、そんな理由からです。18~19世紀には、多くの作家や芸術家などボヘミアンのたまり場となりました。映画「マイフェア・レディー」(ジョージ・バーナード・ショー原作「ピグマリオン」)でヒギンズ教授がオードリー・ヘップバーン演じる花売りのイライザと出会うシーンでも有名です。


「アップル・マーケット Apple Market」

「銀器に見入る男性客」

 マーケット側のアップル・マーケット(Apple Market)と広場南側のタヴィストック通り沿いのジュビリー・マーケット・ホール(Jubilee Market Hall)では、現在も火曜から土曜までは食品やクラフト類を含む、様々なジャンルの露店が並び、土日には手作りのクラフト作品がずらりと並びます。でも、骨董品は月曜日だけですので、ご注意ください。私にとっては、かつて様々な珍しい品物を入手した思い出のある骨董市ですが、時の流れが街並みも変えていきます。初めて訪れた時は、小ぢんまりと落ち着いた風情でしたが、大型ファッション店などの進出ですっかりファッショナブルな街に変貌を遂げています。にこやかに騎馬警官が見守る中、地元の人も観光客も思い思いにのんびりとマーケットで買い物をしたりスナックを食べたりして楽しんでいます。


「ジュビリー・マーケット・ホール Jubilee Market Hall」

「アクセサリーに熱中する女性たち」

「だんだん人手が多くなる10時頃」

 ここの骨董市では、これまでに油彩画や銀器、様々な日用雑貨類、鉄のもの、木のもの、レースなど様々なものを見つけました。今回はどんなものがあるのか、期待と楽しみでワクワクしてきます。小雨が降る肌寒い日でしたが、屋根があるから大丈夫。朝は空いていましたが、ギッチリとならんだ骨董店の間の狭い通路は、次第に多くの人の熱気でムンムンしていきます。屋根があるから雨でも大丈夫な骨董市です。女性たちは装飾品に群がっています。それを見ていたら私の気分もさらに盛り上がってきました。最初に見つけたのはワイン・オープナー、コルク抜きです。古い鉄でできていますが、古いものではあまり見ない構造のもので、価格もまずまず。


「アンティークのコルク・スクリュー」

 それから、普段仕事で骨董品を入れて持ち運びに使うバッグとして最適なものがあり、値段を聞いたら店主が留守とのこと。あとでまた来ようと離れたら、いつの間にか主人が戻り、他の客に買われてしまいました。すぐには売れないと思って油断したのが間違いでした。気をとりなおして他の店を見てまわると、オレンジ色に変化した海泡石といわれるアンティークメシャムパイプの婦人像が目に留まりました。傷みと直しがないか詳細にチェックして・・・私のパイプコレクションがまた一つ増えました。もうだいぶ前に禁煙して以来、パイプは全く喫いませんが、かつてのコレクションがあるため、見つけるとつい手にとってしまいます。それが良いものですと価格を交渉し、手頃であれば買ってしまうのです。


「オレンジ色に変色した100年は使い込まれたメシャムパイプ」

 イギリスは値段折衝といっても、値引きはまぁ2割限度でしょう。あまり最初から高く値段をつけないし、値引きもそのあたりが限度だと思います。そうした折衝に無駄な駆け引きと時間を使わないで済むということは、有効に時間を使いたい旅行者にとって最適な国といえます。そこのところもアンティーク旅行のコツだと思います。少しの値引きに固執すると貴重な時間を浪費してしまいます。コヴェント・ガーデンの骨董市ではその後レースを少し買ったりして、約2回まわりました。

 次はここから地下鉄でリージェント・ストリートに向かいます。ピカデリーサーカスで乗り換えて、オックスフォードサーカスで下車しました。1707年に食品雑貨店として創立し、百貨店に発展した「フォートナム&メイソン」に立ち寄りました。紅茶販売でも300年の歴史を誇り、150年以上にわたり王室御用達を務めてきただけあって、今年3月に4階のレストランを「ダイヤモンド・ジュビリー・ティーサロン」と改名して新装開店した際には、エリザベス女王を始めとする皇族を招いて恭しくお披露目されたようです。同店にはこの他にも3か所喫茶室があり、私は疲れた足を休める為にカントリー風のカジュアルな「ギャラリー」に入りました。ゆっくりとくつろぎながら、まさに「アフターヌーンティー」と名付けられた素晴らしく美味しい午後の紅茶を楽しみました。笑みを絶やすことなく、てきぱきと動く店員さんの働きぶりも見ていて小気味よいです。記念に写真撮影を頼むと、快く応じてくれました。お土産に、きれいなミント・グリーンの缶入り紅茶を、そして自分用には量り売りの紅茶をかさばらない紙袋に入れてもらって買いました。早くもスーツケースは一杯になりつつあります。


午後の紅茶を楽しむ著者

 「銀保管庫・ロンドン・シルバー・ヴォルツ」(London Silver Vaults)
さて次は、世界で最大規模の銀器専門店の場所を訪ねましょう。12世紀初頭にテンプル騎士団が作った小道が元となったChancery Laneの駅で地下鉄を降りて徒歩5分、London Silver Vaultsは質・量と共にずば抜けて素晴らしいです。一般にはあまり知られていないようですが、日本のアンティーク銀器業者も仕入れにくる銀器のメッカとも言える場所です。ロンドン富裕層の銀器や宝飾品、重要書類などを保管する貸金庫として1876年に開店しました。その1世紀前、前述のピープス氏など、官僚勤めでせっせと蓄財して買ったり賄賂で贈呈された銀器類が盗まれるのではないかと、夜も眠れぬほど心配した、と日記に書いているので、夏に避暑に出かけたり、ペストの流行で疎開しなければならないような時には、保管庫がないと、かなり困ったことでしょう。ロンドン・シルバー・ヴォルツ開店から数年後、高価な商品を安全に保管しながら販売できる場所として銀器店がここで営業するようになりました。第二次世界大戦頃にもなると、ますますその需要は増していったようです。Vaultとは、アーチ型天井、地下の貯蔵室や金庫室、納骨場所を意味します。地下にヴォルト天井を使うと、地上の場合のように分厚い壁や柱などでサポートしなくても、広い空間を堅牢に支えることができるので、昔は地下金庫にはこのヴォルト天井が採用され、ストロング・ルームとも呼ばれていました。実際、第二次世界大戦でこのビルが爆撃されて地上階が壊滅しても、地下は全く損傷なく残ったそうです。その10年後の1953年に地上に再建されたのが、現在のビル「Chancery House」です。


(左)「ロンドン・シルバー・ヴォルツの入り口 London Silver Vaults」
(右)「高品質の銀製品の宝庫です」

 現在、40店舗以上の高級銀器店が入っていますが、その大部分が50年以上ここで営業を続けている、信頼できる店です。かつて最高裁などのあった司法エリアですので、派手なデザインとは無縁のビルを入ると、セキュリティーチェックがあり、荷物を調べられます。写真撮影も禁止というものものしさ。地下2階がショップ街というのも珍しいです。グルグルとした通路を歩くと、本当に一部屋ずつが金庫といった店が並んでいます。この感じは「ロンドン・シルバー・ヴォルツ」独特のものです。たいていの店は外側の壁に沿ってガラス張りのディスプレーケースを付けています。一店ずつ覗いてまわるのは大変ですから、廊下沿いにディスプレーを見ながら一まわりして、自分の好みに合った品を揃えていそうな店に入ってみました。今回ここに来た目的はビクトリアンの銀のプレートとジョージアンの銀器を見つけるためでした。こういう所では目的がはっきりしていると相手も品物を出しやすいのです。ですから、時代や用途など、できるだけ具体的に相手に伝えれば、冷やかしの客ではないとわかって丁寧に対応してくれます。 最初の店ではビクトリアンの脚付きプレートとカトラリーを購入しました。繊細な彫刻も入った1880年の優美な作品です。


「優美な彫刻の施されたビクトリア調のプレート。1880年製ロンドン銀取引所」

 またもう一軒のお店ではジョージアンの作品が欲しいといったら、この棚がすべてジョージアンだといわれびっくりしました。普通の店ではジョージアンの銀器はほとんど置いてありません。あってもスプーンかフォーク程度。少ないからなのです。ここでは立派なジョージアン銀器が一棚並んでおり、その中から選べるとは、他ではない喜びです。じっくり品物と値段で品定め。ジョージアン銀器はビクトリアン銀器に比べ装飾性が少なく、すっきりとした造形で男性的とも考えられます。それだけに傷みがあると目立ちます。ビクトリアンは優美で細かく装飾的な細工物が多く、華麗で繊細優美、女性的です。もちろんホールマークで年代確認します。ここでは2個のジョージアン銀器、使えるミルク・ピッチャーと持ち手付き砂糖入れを選びました。 このインターネット公開文化講座では、以前に「骨董をもう少し深く楽しみましょう」シリーズ第2回で「イギリス銀器のホールマークの見方」について書かせていただいておりますので、そちらも参照ください。


「シンプルで優美な造形の美・ジョージアンの銀器 1792年製 ロンドン銀取引所」

「取っ手にライオン(大英帝国のシンボル)が小さく打たれて可愛いアクセントになっています」

「ミルク・ピッチャー 1796年製 ロンドン銀取引所」

「4代目店主と商談成立の記念撮影」

 他にも欲しいものがありましたが、ベルギー、フランスも控えており、次回の楽しみにしましょう。次回ともう一回、魅力にあふれ奥の深いロンドンのアンティークショップをさらにご案内いたします。

骨董なんでも相談室
このページの一番上へ