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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

西洋アンティーク紀行 第5回 イギリス・アンティーク紀行(4) ロンドンの骨董 グレイズ・アンティーク・マーケットとカムデン・パッセージ・マーケット


「グレイズ 入口全景と案内掲示」

 グレイズ・アンティーク・マーケット
(Grays Antique Market・58 David Street)土曜日、日曜日定休 午前10時から午後6時まで開催

 18世紀以来ファッショナブルなショッピング街として知られるボンドストリート。オックスフォード・ストリートとピカデリーを結ぶこの通りは世界で最も地価の高い場所の一つでもあります。100年以上前からここには世界最古の国際競売会社・サザビーズのオフィスやファイン・アート・ソサエティーがあるので、かつては古美術店が多数ありました。現在ではその多くがデザイナーズ・ブランドのブティックに取って代わられています。今回ご紹介するグレイズは、ここ地下鉄Bond Street駅下車徒歩2分の交通至便なところにあります。屋内のアンティーク・マーケットですので、これまで私は雨天や寒い日には露店の骨董市よりもここを訪れることが多かったです。この日は珍しく晴天で、青空を背景に改めて見るこの19世紀のテラコッタの建物はなかなかいいものだと思いました。ビルの地下にはテームズの支流であるタイバーン川(Tyburn River)が流れています。18世紀まではタイバーン川のほとりに有名な死刑場があったことから、「吊るされる」とか「絞首刑になる」という意味で「タイバーン」という言葉を使った表現が幾つかあるようです。オックスフォード・ストリートも昔タイバーン・ロードと呼ばれていましたが、この一帯の開発に伴い、この小川は地下水路となりました。お手洗いの製造業者がこの地下水路を利用した排水溝を備えたショールームを兼ねて建造したのがグレイズの前身です。19世紀の美しきランドマークもやがて荒れ果ててしまい、それを1977年にベニー・グレイ(Bennie Gray)氏が再建して現在に至ります。そのような訳で、今も地階では鯉が泳ぐきれいな小川の流れを見ることができます。

 2棟から成るグレイズはいわゆるモール形式で、古代のものから家具、古書、ジュエリーまで2フロアに約200店が並んでいます。手頃なジュエリー、骨董品が買える中級マーケットというべきところですが、すべて綺麗にショーケースに並べられています。気になる品は店主に言って見せてもらいましょう。日本人のジュエリー業者も何人か出店しており、写真のEmmy Abeさんもその一人です。1850年代から1950年代まで、ジョージアンからビクトリアン、エドワーディアン、アールヌーボー、アールデコのジュエリーが中心です。カルティエ、ブシェロン、ブルガリやマッピン&ウェブといったブランドもあれば、ユニークなデザインのコスチューム・ジュエリーも。品揃えはかなり広く、多方面に渡っているので見ているだけでも楽しいお店です。値段も良心的だと思います。


「親切なEmmyさんとジュエリーの魅力あふれるお店の様子」

 ロンドンの日本大使館にお勤めしていらしたこともあると言うEmmyさんは、趣味が高じてグレイズに開店して20年にもなるそうです。話していると、この方は本当にジュエリーが好きなんだなぁ、と感じます。ジュエリー初心者もここを訪れたら気兼ねなく質問してみてください。私はEmmyさんのお店で0.5カラットのダイヤが2個付いたエドワーディアンのプラチナブローチとフランスの1890年から1900年ころの18金のエンジェルの作品を買いました。


「ミルグレインの入った典型的なエドワーディアンのダイヤ・プラチナブローチとエンジェルのブローチ」

 1階のジュエリー・フロアから地階に降りて散策していると、男性客相手の武具やら鉄砲などを扱うお店のショーケースに「ツェッペリン写真集」が2冊あるのを見つけました。見せてもらうと、これはオリジナル写真が貼ってある極めて珍しい希少な本です。私はツェッペリンというかヒンデンブルグ号も含めて、飛行船に昔から魅かれていまして、こうした写真集は買い求めてきましたが、また良い本が手に入りました。

 グレイズでの収穫にすっかり満足して、外で簡単な食事をして一休み。それから地下鉄Angel駅に向かいます。

カムデン・パッセージ・マーケット。


「Camden Passage Antiques Market」

 Angel駅下車、徒歩5分。ここは露店市というよりお店が多いのですが、なかなか面白いところです。イズリントン・ハイストリート(Islington High Street)からイズリントン・グリーン(Islington Green)までの18世紀以来の歩行者専用の大通り、カムデン・パッセージにはあらゆる種類のアンティークが売られています。チャールズ・ディケンズなどの小説にも登場するこのイズリントン地区は、森林を切り開いたアングロサクソンの小さな集落から発展し、17世紀には乗合馬車の重要な停留所として栄えました。Angelという駅名も、エンジェル・イン(Angel Inn)という宿も兼ねた有名なパブがあったことに由来しています。

 18世紀後半から19世紀にかけては劇場やレストランなどの歓楽街として賑わい、お洒落な人々が好んで住むようになりました。ハレー彗星の軌道計算で知られる天文学者エドモンド・ハレーもこの町の住人の一人でした。しかし、時と共に廃れ、ひっそりとしてしまったカムデン・パッセージが息を吹き返すきっかけとなったのは、1960年代、1軒のアンティーク店の開店でした。地元の店主達も協力して、戦争で空爆された焼け跡にアンティーク・マーケットを開き、小さな店の集合するアーケードも建てられました。現在では200以上のアンティーク・ディーラーがこのジョージアン様式の環境の中で様々な骨董品を売っています。マーケットの開催は水曜日と土曜日で、朝10時ころから午後4時ころまで開いています。気軽な街で、カフェやレストラン、パブが多く、のんびり午後を楽しむにも最適です。

 この骨董市では昔からガラスやアールヌーボーなどに強い業者が多く、また有名な宝石・貴金属を扱う業者もいます。それぞれの店の品揃えに、店主の趣味というか個性がはっきりと反映されており、とても面白いです。いらしたら、いろいろと覗いてみてください。私は、Christina's Boxesという箱専門店のウィンドウに木目のすばらしい1830年代のフランス製の鍵付き小箱を見つけ、早速入って見せてもらいました。Christina Tattumさんというエレガントなマダムが、そっと取り出して見せてくれたその箱は、螺鈿象嵌(らでんぞうがん)と金具の鉄味が実に良く、購入を即決しました。彼女は数色の房を揃えており、その中から、かわいいライトブルーの房を選んで、小さな鍵に付けてくれました。値段も思ったより安くしてくれて、やはりここにきてよかったと思いました。小箱と一口に言っても様々です。この店には革張りやパピエ・マシェ、寄木細工やからくり箱になっているもの等、デザイン・材質ともに種類が豊富で美しい作品がたくさんあります。本来の目的は、裁縫箱か宝石箱、或いは書斎の机の上に置いて使うものがほとんどですが、こうしたアンティークの小箱は、装飾性の高さからプレゼントとしても喜ばれるようです。丁寧な木製の細工の小さな携帯用のゲームもいろいろと並んでいて、とても楽しいお店でした。


「木目がきれいで、保存状態がとてもよく、オリジナルの鍵も付いていて気に入りました」
骨董なんでも相談室
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