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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

西洋アンティーク紀行 第12回 「バスティーユのブロカントとヴィラージュ・サン・ポール」


バスティーユのブロカントのお洒落な籐家具のお店

パリのバスティーユ広場(Place de la Bastille)では、年に2回大規模な骨董市が開催されます。10日間の期間限定で、かつて牢獄のあったこの広場に巨大なテントが張られて、70ものアンティーク店が魅力的な商品を並べます。それだけではありません、サン・マルタン運河沿いには、ブロカント280店舗が軒を連ねます。ブロカントは必ずしもアンティークのように100年以上経ていないもの、美術的価値は低いものを指します。平たく言ってしまえば、中古品、古道具、ガラクタっぽいものですが、ノスタルジックな味わいのある種々雑多なものがブロカントです。ここは入り口で入場料10ユーロを支払いますが、十分にその価値はあります。


これは今年のバスティーユの骨董市への招待券

テントの中は絵画や宝飾品等の高級アンティーク店が多いですが、手ごろな価格帯の品もちゃんと陳列されています。フランス国内のみならず、ヨーロッパ全土の骨董業者が出店しているので、バラエティーに富んだ品揃えに心が弾みます。


宝飾品に見入る女性客

私は、ここでもまた魅力的なパイプに出会ってしまいました。前回は、ヴァンヴの蚤の市でメシャムのシンプルなクロッカスの蕾のような形のパイプを見つけたことを書きました。メシャム(海泡石)は柔らかく、細かい細工を施しやすい材質なので、様々なデザインのものが見受けられます。女性を模ったものも多いのですが、今回バスティーユの骨董市では馬の頭部を見事に模ったパイプに一目ぼれしてしまいました。もともと海の泡のように柔らかい白色なのですが、これもたっぷりと使い込まれて馬を活き活きと色付けています。残念ながら吸い口の部分が損失していたのですが、それでも彫刻のすばらしさに買わずにいられませんでした。帰国してから作り直してもらい、見事に仕上がりました。


リアルな馬の顔と波打つたてがみが見事です

すっかり満足したつもりでしたが、更に歩みを進めると今度はオランダから来た業者のお店で、また足を止めてしまいました。このお店では写真の17~18世紀中頃のデルフト作品を購入しました。貿易品としてヨーロッパに運ばれた伊万里や中国陶磁をモデルに、オランダのデルフト地域で16世紀から生産され、逆輸入されたりした焼きものの中には、日本の茶人達に愛されたものも多いのです。


デルフト焼きの杯3個(左端の杯は日本で購入)
日本の焼きものがヨーロッパの風土に溶け込み、
新たなスタイルに昇華して逆に日本で珍重された事例の一つです

広場の大テントの中は寒い雨の日でも快適に見られるので高級品を扱う店が多いですが、広場の縁と運河沿いの両岸には延々と楽しいブロカントが並んでおり、幾ら時間があっても足りません。18世紀末まで牢獄の堀であったところはサン・マルタン運河と繋げられて遊覧船の発着ポイント(アルスナル港)となっているので、のどかな雰囲気です。こうしたイベント用の仮設ビストロは、時節柄生ガキを美味しそうに食べる客で賑わっていました。運河沿いのブロカントの店主達も、展示用のトランク等をテーブル代わりに、各々が出前のディナー皿に盛られたステーキやフライド・ポテトをワイン片手にゆっくりと時間をかけて昼食を楽しむ様子が、いかにもフランスだと思いました。日本の骨董市なら、簡単なお弁当かカップラーメンを啜ってそそくさと済ませるところです。


可愛い人形の店

一日で全て回るのは不可能なほどブロカントが続きます

私も途中で真っ赤に熟したベリーのタルトをいただいたり、シードルを飲んだりして、サン・マルタン運河の眺めを楽しんで、休憩をとりました。


アルスナル湾とバスティーユ広場。両岸にもブロカントの白いテントが連なっています

ロンドンでもこうした大規模な骨董市が春や秋に定期的に開催されるので、それに合わせて渡航するのも良いでしょう。

パリで毎週末開催される蚤の市として、クリニャンクールとヴァンヴについては良く知られていますが、パリの東のはずれにある、モントルイユ(Montreuil)でも土・日・月と蚤の市が開催されます。しかし、アンティークやブロカントを求めて行くとちょっとがっかりするかもしれません。ここは、移民の方々がお国の言葉で気兼ねなく買い物できるなんでもありのマーケットです。歯磨き粉や石鹸のようなトイレタリーから衣類などの日用品、水道や電気系統の部品まで大型スーパーに売っていそうなものが屋台にぎっしりと陳列され、底値で売られているのです。


インドや中近東で人気の水パイプは、最近日本でもネットショップ等で売られているようです

驚いたことに、衣類は下着やスエット、革ジャンといった普段着だけでなく、ウェディングドレスやタキシードまで一式揃っています。ここに来れば、生活に必要なものは全て揃ってしまうのでしょう。私が訪れた時は寒く、雨も激しく降っていましたが、テントの間の狭い通り道は、思い思いに日曜日のショッピングを楽しむアラブ系のカップルや親子であふれていました。パリを陰で支える人々の為の市なのだな、と思いながら歩いていると、確かに端の方に少し骨董品風のものが並んだテーブルが幾つかありました。しかし、正にガラクタと言い切って差支えない品がほとんどです。

古着好きならそれなりに収穫もあるかもしれませんが、気の利いたアンティークを見つけ出せる確率は低いです。と言うわけで、ここはアンティーク探しにはお勧めできません。パリの三大蚤の市の一つとは言え、わざわざモトルイユまでお出かけするなら、もっと面白い場所が他にもたくさんあります。


バスティーユ広場から、西方向に延びるサン・タントワーヌ通り(Rue St. Antoine)の可愛い果物屋さん

例えば、サン・ポール村(Village St. Paul)はいかがでしょう?村と言っても、パリ中心部のマレ地区にあるので、気軽に行けます。サン・タントワーヌ通りのサン・ポール・サン・ルイ(St. Paul St. Louis)教会の裏手にあります。ここも長い歴史のあるエリアですが、1970年代後半に再開発され、アンティークや洒落た小物を扱うお店や、若いアーティストのギャラリーが並んでいます。古いアパートの中庭を囲む1階にこうしたお店やカフェ等が好き勝手に休んだり営業していたりして、まるで村のようにのんびりと和んでいます。


オ・プティ・ボヌール・ラ・ションス(Au Petit Bonheur la Chance)は台所用品や文房具、おもちゃなどキッチュないろどりの小物やノスタルジックなカード類がざっくりと詰め込まれた楽しいお店です

鍵類やワイン・オープナー等の古い鉄製の小物を扱うお店、オゥ・パス・パルトゥ(Au Passe Partout)

周辺にも気の利いたビストロやパン屋さんなどがたくさんあるので、お散歩気分でぶらぶらと歩いて楽しめます。今回はパリ近郊の他、世界遺産カルカッソンヌにも足を延ばし、再び出発地のドイツに戻り、私の1か月のヨーロッパの旅を終えました。

さて、12回にわたり連載させていただいた「西洋アンティーク紀行」も今回で最終回です。次回からは、「東北こけし紀行」(全12回)を予定しています。漆と木地の歴史を背景に東北6県にしかない「こけし」の美と謎を探ります。お楽しみに。

骨董なんでも相談室
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