文化講座
第5回 学術論文から読み解く食と健康(5)「母親のビタミンB12不足は子の太りやすさに影響する?」
これまで「私たちの身体と健康」シリーズでは、さまざまな臓器を取り上げながら、身体の仕組みと栄養との関わりについて解説してきました。「医食同源」や「We are what we eat(私たちは私たちが食べているものでできている)」という言葉があるように、食事は私たちの健康に大きな影響を与えますが、その影響を科学的に理解するためには、研究によって得られた科学的根拠(エビデンス)を正しく読み解くことが重要です。
本シリーズでは、「学術論文から読み解く食と健康」というテーマで、毎回ひとつの学術論文を取り上げ、その研究で何が明らかになったのか、私たちの健康とどのように関わるのかを解説します。研究成果を紹介するだけでなく、その研究の意義や限界、今後の課題についても触れながら、食と健康を科学的に考えていきたく思います。
【今回紹介する論文】
今回取り上げる論文は、2026年9月号の国際学術誌Cell Metabolismに掲載された研究です。
Maternal vitamin B12 deprivation exacerbates offspring obesity by reducing early-life colonization with Bifidobacterium pseudolongum
(日本語タイトル:「母親のビタミンB12欠乏は、出生初期のビフィドバクテリウム・シュードロンガムの腸内への定着を減少させ、子の肥満を悪化させる」)
Cell Metabolism 38: 1848-1863, 2026
この論文では、母マウスに妊娠前から妊娠期、授乳期を通じて、継続的にビタミンB12を含まない食事を与え、子マウスの成長や肥満発症への影響を検討しました。その結果、母マウスがビタミンB12欠乏になると、生まれてきた子マウスは離乳後にビタミンB12を含む食事を与えられていても、高脂肪食による肥満が悪化しやすいことが明らかになりました。また、母マウスおよび子マウスの両者において、ビフィズス菌の一種であるビフィドバクテリウム・シュードロンガムの減少が認められ、母体の栄養状態が、出生初期の腸内細菌の定着を介して、子の肥満や代謝異常に影響する可能性が示されました。

【胎児期や生後早期の栄養は将来の健康に影響する?】
私たちの健康状態や病気になりやすさには、遺伝的な要因に加えて、日々の食事や運動などの環境的な要因も関わっています。さらに、母親のお腹にいる時期や、生まれて間もない時期の環境も、将来の健康に影響する可能性が注目されています。
胎児期や生後早期の栄養状態などの環境が、その後の健康や病気へのかかりやすさに影響するという考え方を、DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease, ドーハッド)と呼びます。その代表的な研究のひとつが、第二次世界大戦中のオランダ飢饉に関する研究です。胎児期、特に妊娠初期に低栄養を経験した人々では、成人後に肥満が多く認められることが報告されました。こうした研究をきっかけに、胎児期や生後早期の栄養状態と将来の健康との関係が注目されるようになり、現在では、低出生体重が、成人後の2型糖尿病、脂質代謝異常、高血圧、心血管疾患などのリスクと関連することも報告されています。しかし、その影響は栄養不足を経験する時期や、その後の生活環境によっても異なります。
では、どの栄養素の不足が、どのような仕組みで将来の健康に影響するのでしょうか。今回の研究では、そのひとつとしてビタミンB12に着目しました。
【妊娠期・授乳期におけるビタミンB12の重要性】
ビタミンB12は、水溶性ビタミンの1種で、魚介類や肉類、卵、乳製品などに含まれる栄養素です。赤血球の形成や神経機能の維持に加え、細胞が増える際に必要なDNA合成を支えています(栄養と代謝 (9) 水溶性ビタミンの役割」参照)。
胎児が成長する過程では、細胞分裂が盛んに起こり、さまざまな臓器が作られます。そのため、胎盤を通じて母体から供給されるビタミンB12は、胎児の発育を支えるうえで重要です。また、母体自身も、妊娠に伴って赤血球を増やすなどの変化に対応する必要があります。出生後も、ビタミンB12は母乳により乳児に供給されます。このため、妊娠期だけでなく授乳期においても母体のビタミンB12の摂取が重要だと考えられています。
では、この時期のビタミンB12不足は、子の発育だけでなく、その後の太りやすさにも影響するのでしょうか。研究グループは、マウスを用いて検討しました。
【小さく育った子が、その後太りやすい】
この研究では、母マウスに交配の3週間前から妊娠期、授乳期を通じて、ビタミンB12を含まない食事が与えられました。その結果、母マウスでは妊娠後期に血糖値の制御能力が低くなりました。すなわち、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなり、血糖値が下がりにくくなる「耐糖能異常」を引き起こしたのです。
また、子マウスにも影響が現れました。出生児の体格が小さく、出生後48時間以内の生存率が低下し、離乳時にも体重が低い状態でした。ところが、子マウスの離乳後に高脂肪食を与えると、ビタミンB12欠乏食を食べていた母から生まれた子は、通常の食事をしていた母から生まれた子と比較して、体重が増えやすく、内臓脂肪が大きくなりやすいことがわかりました。さらに、肝臓への脂肪蓄積や、糖代謝の悪化も認められました。
重要な点として、子マウスたちは離乳後、通常量のビタミンB12を含む食事を与えられていたにもかかわらず、ビタミンB12欠乏食を食べていた母から生まれた子では、血中のビタミンB12濃度が低い状態が続いていました。このことは、子の食事にビタミンB12を戻すだけでは、母体の欠乏に伴う影響を十分に解消できなかったということを示しています。
【母と子に共通して減少する腸内細菌】
なぜ、母体のビタミンB12不足が子マウスの離乳後の代謝にまで影響したのでしょうか。この論文で注目したのは、腸内細菌です。食事から摂取したビタミンB12は、小腸で吸収されて私たちの健康維持に寄与しますが、吸収しきれなかったビタミンB12は大腸へ運ばれ、そこに生息する腸内細菌の栄養源となるためです。
母マウスと子マウスの腸内細菌解析を行うと、ビタミンB12欠乏によって腸内細菌の種類や構成が変化することが明らかとなりました。中でも、母子に共通して減少していたのが、ビフィズス菌の一種である「ビフィドバクテリウム・シュードロンガム(以下シュードロンガム菌と表記)」でした。
この腸内細菌の減少が、肥満の原因なのかを明らかにするために、腸内細菌の移植や、特定の菌を腸内に定着させる実験を行い、シュードロンガム菌の有無が肥満に影響することが示されました。さらに、ビタミンB12欠乏食を食べていた母から生まれた子にこの菌を補うと、その後の高脂肪食による肥満の進行が軽減されました。
これらの結果から、シュードロンガム菌の減少が、母体のビタミンB12欠乏と子の代謝異常をつなぐ要因のひとつであると考えられました。
【授乳期の腸内細菌の受け渡し】
では、ビタミンB12が不足すると、なぜシュードロンガム菌が減少するのでしょうか。シュードロンガム菌を培養したところ、ビタミンB12がない環境でも増殖したことから、菌の増殖に必要な栄養が不足しているわけではなさそうです。一方、ビタミンB12欠乏食を食べていた母マウスでは、大腸が傷付き粘膜層が分解されており、腸のバリア機能が低下していました。このような腸内環境の変化によってシュードロンガム菌が定着しにくくなったと考えられます。
さらに、授乳期における母マウスから子マウスへの菌の受け渡しが重要であることもわかりました。授乳期に母マウスのビタミンB欠乏を解消すると、子マウスの腸内においてシュードロンガム菌が増え、その後の代謝への悪影響も軽減したのです。母乳中にもシュードロンガム菌が存在したことから、母乳を介して菌の受け渡しが行われる可能性がありますが、母乳中の菌がどのように子マウスの腸内に定着するのかはわからないままです。
【シュードロンガム菌が産生する「酢酸」が鍵】
シュードロンガム菌が子マウスの代謝をどのように制御するのかを明らかにするために、研究グループは腸内細菌が作る代謝物に着目し、酢酸が鍵となることを見出しました。酢酸は、腸内細菌が作る短鎖脂肪酸のひとつです。今回の研究では、シュードロンガム菌の減少に伴い、酢酸も減少すること、一方で出生初期に酢酸を補うと、その後の肥満や代謝異常が軽減することがわかりました。さらに、作られた酢酸は、脂肪組織に存在する受容体に作用して脂肪酸の分解を促進することも明らかにされました。
すなわち、腸内細菌の数や種類だけでなく、その菌が作る代謝物が、脂肪組織の働きを調節し、肥満や代謝異常に影響していたのです。なお、この結果は、酢を飲めば同じ効果が得られることを示したものではないため、注意が必要です。
【この研究の限界とメッセージ】
今回の研究では、母体のビタミンB12不足が、出生初期の腸内細菌の定着を介して、子の肥満や代謝異常に影響する可能性が示されました。DOHaDの概念を考えるうえで、栄養素だけでなく、腸内細菌やその代謝物が重要であることを示す興味深い成果です。
一方、本研究の成果はマウスを用いた実験により得られたものであり、ヒトでも同じことが起こるのかは今後の検証が必要です。ビタミンB12や特定の菌を多く摂取すれば、子の肥満を予防できると結論づけることもできません。
子の将来の健康には、子自身の食生活や運動習慣、生活環境など、多くの要因が関わります。母体の栄養状態は、多くの要因のひとつとして、腸内細菌を介して子の将来の健康に関わる可能性があり、今後研究が進むことによって妊娠期や授乳期の栄養と、子の健康の関係について理解が深まることが期待されます。

