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文化講座

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健康を科学する

名古屋大学環境医学研究所/高等研究院 講師・中日文化センター
講師 伊藤パディジャ綾香

第1回 学術論文から読み解く食と健康(1)

これまで「私たちの身体と健康」シリーズでは、さまざまな臓器を取り上げながら、身体の仕組みと栄養との関わりについて解説してきました。「医食同源」や「We are what we eat(私たちは私たちが食べているものでできている)」という言葉があるように、食事は私たちの健康に大きな影響を与えますが、その影響を科学的に理解するためには、研究によって得られた科学的根拠(エビデンス)を正しく読み解くことが重要です。

そこで今回からは、「学術論文から読み解く食と健康」というテーマで、毎回ひとつの学術論文を取り上げ、その研究で何が明らかになったのか、私たちの健康とどのように関わるのかを解説します。研究成果を紹介するだけでなく、その研究の意義や限界、今後の課題についても触れながら、食と健康を科学的に考えていきたく思います。

【今回紹介する論文】

今回取り上げる論文は、2026年3月に医学誌 Nature Medicine に掲載された、食事と虚血性心疾患の関係を世界規模で解析した研究です(「Global, regional and national burden of ischemic heart disease attributable to suboptimal diet, 1990-2023: a Global Burden of Disease study」Nature Medicine 32: 1454-1478, 2026)。

本研究は、米国IHMEを中心とする国際共同研究プロジェクト「Global Burden of Disease(GBD)」の一環として実施され、世界204カ国・地域のデータを用いて、どのような食生活が虚血性心疾患による死亡に関与しているのかを解析しました。

【虚血性心疾患とは】

虚血性心疾患とは、心臓の筋肉に酸素や栄養素を送るための血管「冠動脈」が狭くなったり、閉塞したりして、心臓の一部が血流(酸素・栄養素)不足になる病気の総称です(予防医学としての食を学ぶ「私たちの身体と栄養 (7) 循環器系:心臓」参照)。主に狭心症と心筋梗塞が含まれ、近年、世界的に主要な死因となっています。

医療の進歩や生活習慣の改善によって、発症率や死亡率は低下してきているものの、高齢化や人口増加の影響もあり、患者数そのものは多くの国で増加し続けています。このことから、医療への負担は依然として大きな課題であると言えます。

虚血性心疾患の危険因子には、喫煙や肥満、糖尿病などがありますが、その中でも食事は改善可能な要因のひとつです。これまでの研究の多くは、「赤身肉」や「食塩」といった個々の食品や栄養素に着目して進められてきており、食事全体が虚血性心疾患にどう影響するかについては十分に明らかにされていませんでした。

【世界204カ国・地域のデータから分かったこと】

1990年から2023年までの世界204カ国・地域のデータを用いて、食事が虚血性心疾患に与える影響を解析しました。

その結果、食事に関連する虚血性心疾患による死亡者数は1990年と比較して、2023年で約42%増加していました。一方で、年齢構成の違いを補正した死亡率は44%低下していました。これは、医療の進歩や生活習慣の改善によって一人ひとりの死亡リスクは低下しているものの、世界的な人口増加や高齢化に伴って、虚血性心疾患で亡くなる人の総数は増加していることを示しています。また、発展途上国・地域では、不適切な食生活が虚血性心疾患の発症や死亡に及ぼす影響がより大きいことが示されました。

【食べ過ぎよりも「食べない」ことが問題?】

なぜ発展途上国・地域の方が食生活の影響をより大きく受けるのでしょうか?本研究では、世界的に見て、以下の4つの食事要因が特に重要であることが示されました。

  1. ナッツや種子類の摂取量が少ない
  2. 全粒穀物の摂取量が少ない
  3. 果物の摂取量が少ない
  4. 塩分の摂取量が多い

興味深いことに、世界全体でみると、従来注目されることの多かった赤身肉や加工肉の過剰摂取よりも、ナッツや全粒穀物、果物などの健康に良いとされる食品を十分に食べていないことが、虚血性心疾患に大きく関与していることがわかりました。

特に発展途上国・地域では、ナッツや全粒穀物、果物などの摂取不足が大きな問題となっていました。一方、先進国では赤身肉や加工肉の過剰摂取の影響も比較的大きく、国や地域によって食生活の課題が異なることも明らかになりました。

すなわち、発展途上国・地域で食生活の影響が大きかった背景には「体に悪いものを食べすぎている」よりも「健康維持に役立つ食品を十分に摂取できていない」という問題があると考えられます。

【なぜナッツや全粒穀物が重要?】

本研究では、ナッツや全粒穀物、果物の摂取不足が虚血性心疾患と強く関連していました。では、なぜこれらの食品が重要なのでしょうか。

ナッツ類には、血中のLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)を低下させる一価不飽和脂肪酸や、抗酸化作用のあるビタミンE、食物繊維が豊富に含まれ、動脈硬化の予防に役立つことが知られています。

全粒穀物には、精製された穀物よりも多くの食物繊維が含まれており、血糖値の急激な上昇を抑える効果があります。また世界的な研究では、食物繊維の摂取量が多いほど、総コレステロール値が低いこと、全体的な死亡リスクや心血管疾患による死亡リスクが低下することが報告されており(Lancet 393: 434-445, 2019)、1日25〜29gの摂取により最大の効果が認められています。さらに、日本人を対象とした研究においても、食物繊維摂取量が多いほど心血管疾患による死亡リスクが低下することが報告されています(J Nutr 140: 1445-1453, 2010)。このような知見を踏まえ、日本人の食事摂取基準(2025年版)では、1日の食物繊維摂取量は、成人男性で20〜22g以上、成人女性で18g以上を目標値として設定しています。

果物には、食物繊維に加えてビタミンやミネラル、ポリフェノールなどが含まれ、果物の摂取が多いほど心血管疾患による死亡リスクが低下することも報告されています(Int J Epidemiol 46:1029-1056, 2017)。厚生労働省の健康日本21(第三次)では、1日200gの果物を摂取することを目標としています。

近年、これらの食品に含まれる成分が腸内環境にも影響を与え、慢性炎症や動脈硬化を改善する可能性も示されています。健康な食生活というと、「何を控えるか」に目が向きがちですが、本研究は「何を積極的に食べるか」も重要であることを示していると言えるでしょう。

【この研究の限界とメッセージ】

本研究は世界204カ国・地域の膨大なデータを用いた大規模な解析であり、食生活と虚血性心疾患との関係を世界的な視点から示した点に大きな意義があります。

一方で、本研究は実際に食事介入を行った研究ではなく、既存の統計データをもとに解析した疫学研究です。そのため、「ナッツを食べれば必ず心筋梗塞を予防できる」といった因果関係を直接証明したものではありません。

本研究から得られるメッセージは、健康的な食生活を考える際に、「何を減らすか」だけでなく、「何を積極的に食べるか」が重要であるということです。特にナッツ類、全粒穀物、果物などの摂取は、日本人においても十分とは言えず、日々の食生活を見直すうえで参考になる知見と言えるでしょう。

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