文化講座
第3回 学術論文から読み解く食と健康(3)「高脂肪・低糖質食が腸腫瘍の増殖を促進する可能性」
これまで「私たちの身体と健康」シリーズでは、さまざまな臓器を取り上げながら、身体の仕組みと栄養との関わりについて解説してきました。「医食同源」や「We are what we eat(私たちは私たちが食べているものでできている)」という言葉があるように、食事は私たちの健康に大きな影響を与えますが、その影響を科学的に理解するためには、研究によって得られた科学的根拠(エビデンス)を正しく読み解くことが重要です。
本シリーズでは、「学術論文から読み解く食と健康」というテーマで、毎回ひとつの学術論文を取り上げ、その研究で何が明らかになったのか、私たちの健康とどのように関わるのかを解説します。研究成果を紹介するだけでなく、その研究の意義や限界、今後の課題についても触れながら、食と健康を科学的に考えていきたく思います。
【今回紹介する論文】
今回取り上げる論文は、2026年7月に国際学術誌Natureに掲載された研究です。
Ketogenic diet mediates intestinal tumorigenesis through lipids not ketones.
(日本語タイトル:「ケトジェニックダイエットはケトン体ではなく脂質を介して腸腫瘍の形成を促進する」)
Nature 656: 474-483, 2026
この論文では、ケトジェニックダイエットとして知られる高脂肪・低糖質の食事が、ケトン体ではなく、食事に含まれる脂質の代謝を介して腸管の幹細胞を活性化し、腫瘍形成を促進する可能性が示されました。

【ケトジェニックダイエットとは】
ケトジェニックダイエットとは、糖質の摂取量を大幅に制限して、脂質を主なエネルギー源とする食事のことです(第58回「老いるオイルと老いないオイル(9)ケトジェニックダイエット」参照)。
一般的な食事では、摂取エネルギーの50~60%を炭水化物、20~30%を脂質から摂取することが推奨されています。一方、本研究で用いられたケトジェニックダイエットは、炭水化物5%、脂質80%、タンパク質15%という組成で、一般的な食事と比べて炭水化物を大幅に減らし、その分、脂質から多くのエネルギーを摂取する食事です(表1)。

表1. 本研究で用いられた3種類の食餌における栄養素組成の違い(摂取エネルギーにおける割合)
炭水化物の摂取量を極端に減らすと、身体は糖質の代わりに脂質をエネルギー源として利用するようになります。これに伴い、肝臓では脂肪酸からケトン体(β-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンの総称)が作られ、血中のケトン体濃度が上昇します。このように、体内でケトン体が作られやすい状態を誘導することから、ケトジェニック(ケトン体を生成する)ダイエット(食事)と呼ばれます。
ケトジェニックダイエットは、もともと難治性てんかんの治療法として用いられてきましたが、近年では、体重減少や血糖コントロールなどへの効果についても研究されています。また、マウスを用いた研究では、ケトジェニックダイエットによって健康寿命が延長することも報告されています。このように、ケトジェニックダイエットには健康に対するさまざまな効果が報告されています。
【ケトジェニックダイエットと腸幹細胞】
私たちの腸の表面を覆う腸管上皮は、食べ物や腸内細菌に常にさらされており、通常4~5日という非常に短い周期で新しい細胞に入れ替わっています。この活発な再生を支えているのが、腸のくぼみに存在する腸幹細胞です。腸幹細胞は自ら増殖するとともに、腸管上皮細胞を作り出すことにより、腸の構造と機能を維持しています。
この腸幹細胞の増殖は、食事に含まれる栄養素の影響を受けることが知られています。特に近年の研究から、高脂肪食によって腸幹細胞の増殖能が高まり、腫瘍形成が促進される可能性が示唆されました。一方、ケトン体の一種であるβ-ヒドロキシ酪酸には、大腸がんの発生を抑制する作用があることの報告もあります。
ケトジェニックダイエットも脂質を非常に多く含む食事ですが、高脂肪食(表1)とは異なり、糖質を極端に制限することで体内のケトン体を増加させるという特徴があります。すなわち、ケトジェニックダイエットでは、「大量に摂取する脂質」と「体内で増加するケトン体」の両方が腸幹細胞に影響を与える可能性があります。
そこで研究グループは、ケトジェニックダイエットが腸幹細胞にどのような影響を与えるのか、さらに、その作用がケトン体によるものなのか、脂質によるものなのかを調べました。
【ケトジェニックダイエットにより腸腫瘍が増加】
まず研究グループは、腸腫瘍を発症しやすい遺伝的背景を持つマウスを用いて、食餌の違いが腫瘍形成に及ぼす影響を検討しました。マウスに対照食、高脂肪食、ケトジェニックダイエット(表1)を与えて比較したところ、ケトジェニックダイエットを摂取したマウスでは、腸に形成される腫瘍が増加し、生存期間も短くなることが明らかになりました。
では、なぜケトジェニックダイエットによって腫瘍が増加したのでしょうか。そこで研究グループが着目したのが、「腸幹細胞」です。ケトジェニックダイエットを摂取したマウスでは、腸幹細胞の数が増加するとともに、増殖が活発になっており、ケトジェニックダイエットが腸幹細胞の増殖を促すことにより、腫瘍が形成されやすい状態を作る可能性が示されました。
ここで重要な疑問が生じます。ケトジェニックダイエットによって腸幹細胞や腫瘍形成が促進されたのは、体内で増加したケトン体が原因なのか、それとも食餌に大量に含まれる脂質が原因なのか、です。
【ケトン体は腫瘍形成の原因ではなかった】
ケトジェニックダイエットでは、炭水化物の摂取が極端に少なくなることで、肝臓で脂肪酸からケトン体が作られます。そこで研究グループは、ケトジェニックダイエットによる腸幹細胞の活性化や腫瘍形成が、増加したケトン体によって引き起こされるのではないかと考えました。
この仮説を検証するため、腸管でケトン体を産生するために必要な酵素HMGCS2を欠損させ、腸管でケトン体が作られにくいマウスを用いました。しかし、このマウスでもケトジェニックダイエットによる腫瘍促進効果は抑制されませんでした。
さらに研究グループは、ケトン体を利用できなくする実験や、ケトン体の産生を増加させる実験など、さまざまな方法でケトン体代謝を操作しました。しかし、いずれの場合にも腫瘍形成への明確な影響は認められませんでした。これらの結果から、ケトジェニックダイエットによる腫瘍形成の促進には、ケトン体そのものは主要な役割を果たしていないと考えられました。
【腫瘍形成の鍵は脂質だった】
ケトン体が腫瘍形成促進の原因でないとすると、ケトジェニックダイエットに大量に含まれる「脂質」が鍵となる可能性が示唆されます。
ケトジェニックダイエットを摂取したマウスの腸幹細胞では、脂質代謝に関わるPPARという分子の働きが亢進していました。PPARは、細胞内に取り込まれた脂肪酸をエネルギーとして利用するためにさまざまな遺伝子の発現を調節する分子(転写因子)です。
そこで、腸管でPPARの働きを抑制したところ、ケトジェニックダイエットによる腸幹細胞増殖が抑制されました。さらに、脂肪酸を燃焼してエネルギーにするための酵素CPT1Aを欠損させると、ケトジェニックダイエットによる腸腫瘍形成が抑制されました。
これらの結果により、ケトジェニックダイエットによる腫瘍形成の促進には、ケトン体ではなく、食事から摂取した脂質を腸幹細胞が脂肪酸酸化によってエネルギーとして利用することが重要であることが明らかとなりました。
【この研究の限界とメッセージ】
本研究では、ケトジェニックダイエットによって腸幹細胞の働きが活発になり、腸腫瘍の形成が促進される可能性が示されました。さらに、その原因はケトン体そのものではなく、食事から摂取した脂質を腸幹細胞がエネルギーとして利用する「脂肪酸酸化」にあることが明らかになりました。
一方で、今回の結果をそのままヒトに当てはめることには注意が必要です。腫瘍形成への影響を調べた実験には、遺伝的に腸腫瘍を発症しやすいマウスが用いられています。また、本研究で用いられたケトジェニックダイエットは、摂取エネルギーの80%を脂質が占めるという非常に高脂肪な食事です。そのため、本研究は「ケトジェニックダイエットをすると腸がんになる」ことを示したものではありません。特に人において、どの程度の脂質摂取が腫瘍形成に影響するのかについては今後さらに検討をする必要があります。また、脂質の種類によって影響が異なるのか、も重要な点です。実際、著者らも今後の課題として、個々の食事脂質ががんリスクにどのような影響を及ぼすのかを明らかにする必要性を挙げています。
さらに興味深いことに、ケトジェニックダイエットの影響は、臓器によって異なります。本研究では、小腸の腫瘍形成が促進された一方、これまでの研究ではケトジェニックダイエットやケトン体が大腸の腫瘍形成を抑制する可能性も報告されています。同じ食事であるにもかかわらず、隣接する小腸と大腸で異なる影響を及ぼすのかは不明なままです。
これらのことは、高脂肪食やケトジェニックダイエットという食事を、単純に健康に良い・悪いと評価することの難しさを示しています。食事に含まれる脂質や炭水化物の割合、その種類によって細胞が利用できる栄養素や代謝の状態は大きく変化します。そしてその変化が、腸幹細胞のような組織を維持する細胞のはたらきを調節し、病気の発症を左右する可能性があります。今回の研究は、食事の「量」だけでなく、「質(栄養素の組成)」が細胞の代謝を介して病気の発症に影響を及ぼす可能性を示したという点でも重要な研究と言えるでしょう。

