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骨董で贋作をつかまないシリーズ

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

簡単だけど難しい「買い方」

つい最近の話です。仏教美術に興味を持たれたある若い方が、とある露天の骨董市で100万円の鎌倉時代の仏像を買われたという噂が聞こえてきまし た。まだ古美術に興味をもたれて間もないらしい方なのですが、この不況時に100万の現金を気に入ったものにポンと出す勇気には敬服いたしました。自分の 若い頃を思い出しましたが、私は学生時代に当時、40年前になりますが30万円の刀(現在の価格に換算すると200万円くらい)をはじめて買いましたが、 当然のことながらお金が無く、分割払い、それも家庭教師をして毎月1万円の30回払いで購入した事がありましたから、その若い方の買いっ振りにふと興味を 覚えたのです。

ところがしばらくして、その方の買われた仏像が鎌倉時代の作品ではなく、室町時代かも知れないと彼が周りに言っていると伝わってきました。いろいろ な噂がこの業界には駆け回り、どこから聞いてくるのか、情報通はいろいろな話を知っています。私はこうした裏情報にはあまり関心がありませんが、その若い 方がどのような仏像をどのように買われるのか興味もあり、出来るだけその情報を詳細に手繰り寄せてみました。

その若い方、お名前は知りませんが、どうも聞くところでは、熱心に東京のいろいろな有名店を回っていて、あるときは京橋、日本橋の一流とされる店 に、あるときは六本木の有名店に、あるときは銀座の老舗のお店にと、いろいろな名店に顔を出しているようなのです。ところが最近、そうした有名店では相手 にされなくなると、時を同じくして、露天に面白いものがあることに気が付き、露天に通うようになったらしいのです。そこである業者さんから100万の仏像 を買ったらしいのです。

この若い方の古美術・骨董に対する姿勢を分析してみると、どうもこう想像できます。仏像に興味を持ち、経済的にもかなり高収入を得ている方らしいの で、一流店に行けばいいものを手に出来るだろうと考えたのでしょう。理にかなっています。そこで熱心に通った。最初は一流店も買いそうなお客だから、熱心 に説明して、買ってくれるようにいい作品を見せたりしたみたいです。彼も少しは買ったらしいのですが、買うといっては買わなかったり、疑心暗鬼になって キャンセルしたりがたびたびあったようです。そのようなことからか、最近は「いいものがない」という理由でなかなか見せてくれなくなったらしいのです。

その方は少し買っても、直ぐにキャンセルしたり、買うといっていて買わなかったり、そんなことから完全に相手にされなくなったのでしょう。それだけ ではなくいつも説明だけ聞いて、あれやこれや見せてもらいながら長い時間、店に居座るのです。ただ勉強しに来られてもはなはだ迷惑、買っても直ぐにキャン セルしたり返品する「いやな客」というイメージが古美術商の中に出来てしまったのでしょう。それは相手も仕事ですから当然のことです。

その若い方は自分では古美術、特に仏教美術について相当勉強したと思われているようなのですが、プロが真剣勝負の中で蓄積してきた知識・経験とはや はり比べようも無いものであろうことは想像できます。この方の失敗は、もとはといえばやはり若い方特有の「自信・背伸び」が原因でしょう。自分は初心者だ から、これから勉強して行きたい、ついては少しずつですが買いますからよろしく教えてください、ということが言えなかったからだろうと思います。そこまで 言われれば業者さんも最後まで面倒を見るものです。露天を自分で歩くようになってから、100万の仏像をあまり懇意でもない骨董商から買ってしまった、そ れも自分で鎌倉時代と思ったか、相手に言われてそう思ったか、いずれにしても時代違いの作品を高額で購入してしまいました。

私の経験では、厳しい受験勉強の世界を勝ち抜いてきた方々にその傾向が強いように思います。何でも本の勉強と暗記でわかるという自信がどこかにある のです。古美術・骨董の世界にはこうした軽い気持ちは通じません。むしろウンチクを傾けると「お若いのによくご存知で・・・」などとおだてられ、逆手に取 られて高額なものを買わされるだけなのです。

よく歳をとられた、いわゆる「年配の初心者」にもこの傾向は強いようです。かつての年功序列の世界ではなく、古美術・骨董の世界は実力の世界ですか ら、その方がある大会社の重役をしていたとか、社長をしていたとかの経歴は、古美術・骨董業界では全く関係ありません。年上であるからとか、偉ぶる、ちや ほやされたい、誉められたい、威張る・・・こうした心のスキが「大損する、失敗する」最大の原因であることに気が付かねばなりません。

いずれにしても老若男女を問わず「謙虚さ」が一番大事な事であることを改めて思い知った出来事でした。

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