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骨董で贋作をつかまないシリーズ

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

「将来値上がる、儲かる、珍品だよ・・・」

私は18歳から骨董の世界に顔を突っ込んでから、はや43年になろうとしています。ですが長い時間が過ぎてもなかなか実現できなかったことがあります。それは「欲」を取り去るということです。

美術は純粋に美しいと感動することが一番大事なことであることは言うまでもありませんし、それこそが美しさを本当に楽しむための本道といえることなのです。純粋な感動、これこそが、いいものを素直に見れる最も大切な心であることは間違いありません。

骨董市や骨董店を歩いていて、これはいい物かも知れないと思ったり、意外に値段が安かったため食指が動いたり、儲かるかも知れないと思って買ってしまったり・・・そのようなことがずっと続いているように思えたのです。

お釈迦さまは人間には108つの欲望すなはち煩悩があり、悟ること、解脱するためにはこれらの108つの欲望を克服しないといけないと言われたそう です。果たして人間からあらゆる欲望を取り去る事はできるのでしょうか。食欲を絶つ、物欲、金銭欲を断つ、性欲を絶つ、・・・簡単に思いつく欲望だけでも なかなか絶つのは難しい。私はもう年ですから性欲は少しずつ衰えてきているようですが、その他の欲望は衰えません。空腹になればなるだけ食欲は増すし、お 金は使えば使うだけ更に欲しくなります。骨董品でいいものを見つければ、どうしても欲しくなる、持ちたくなる・・・。

人類の歴史はある意味で「欲望の歴史」ともいえるようです。欲望があったからこそ、人類はここまで進化して来た、こうも言えるのではないでしょう か。働く原動力ともいうべき気力も、何か目的があるから、その目的をかなえたいという欲望があるからこそ、意欲として出てくるのではないでしょうか。

しかし骨董を買うということに関しては、実際はそのように甘いものではありません。なぜなら極めて巧妙な贋作があるからです。これを克服するため に、すでに10回の回数を数える原稿を書いてきました。理屈ではわかっていても、なかなか実践できない。これが骨董の魔力であり、面白さであり、骨董が病 気といわれる所以です。

さて私はこれらの自分の中のジレンマを克服したいために、あることを試みたことがありました。それは美術館、博物館に出かけて、比較的早足で、作品 をできるだけたくさん観るのです。解説も読みません。そうして歩きながら、この作品はいい、これはあまり好きではないと自分に言い聞かせて歩くのです。立 ち止まって考えない。理屈で考えない。もともと博物館、美術館に展示してある作品は国宝や重要文化財などを含んだ一定レベル以上の名品ばかりであるはずな のです。それを日を変えて何回か同じように試みながら歩きます。すると不思議なことに、瞬間的に好きな作品が一目見ただけでわかるようになります。短い時 間でも、いい作品のイメージが心に定着するみたいです。これはとてもよい勉強になりましたし、思った以上の効果が期待できます。「これは将来値上がるよ、 必ず儲かるよ、これは滅多に無い珍品だよ」という甘い誘惑の言葉にも動じない「良い作品のイメージ」が定着して、それらの言葉に動じない、一見して良否を 判断する心が形成されるように思います。

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