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平野啓一郎作「葬送」

愛知県生まれの作家平野啓一郎がこの8月30日に長編小説「葬送」(新潮社)を世に送り出した。作家は「日蝕」により23才の史上最年少で芥川賞に輝いた。他に「一月物語」「文明の憂鬱」等がある。現在は27才。

歴史的転換期を取り上げながら、現代の問題を考えさせる天才純文学作家。「葬送」は二人の天才、音楽家・ショパン、画家・ドラクロア、それにショパンの愛人で、特異な作家・ジョルジュ・サンドを中心とした小説。

「葬送」を読むと、作者の音楽、絵画、社会思想、人間心理に至る「造詣の深さ」は半端でないと判る。更に感心させられることに、ショパンは結核に病んだが、其の病状表現までを医師の如く適切に表現している。

「葬送」に対する私の感想は本文中に出てくる言葉、文章で表現する以外にない。「称賛の言葉」として、「素晴らしい」「信じられない」と言う言葉だ。

小説は19世紀前期後半のフランスを中心とした歴史的動乱と転換期。王族、貴族、ブルジョワジー、貧しい人達の相克、革命、変革で混沌とした時代を背景とする。

そうした時代に「芸術家」という「職業の虚しさ」を思い、「平時には誰からも珍重され、非常の時が訪れるや誰よりも先に役立たずの名簿に加えられる」。その「虚しさ」は「人間の生活の余剰の上に生かされているに過ぎない」とする。しかし、「創作」は有限な人の命を人類史上に残して「無限」とする。ショパンが死に瀕して、音楽演奏を求めた。優れた芸術が「生」にとって、最も根源的なものとなることを示すものだ。ジョン・レノンの「イマジン」が自由を求めた東欧社会の精神高揚となったことからも明らかだ。

ドラクロアは「大衆は何時だって低俗な趣味へと傾いていく」ことを憂い、「同時代の評判を決定するのは結局の処、俗悪で愚鈍な趣味の大衆に過ぎない」とする。同感だ。 また、二人の天才でも、社会的、俗的努力をする姿は興味深い。天才達の経済的状況や努力についても現実的で微笑ましい。

「多様性」を認め、「唯一無二の偏狭な思想」から解き放たれるために、「葬送」は熟読するに値する。

何れにしても、27才の若者が、かくも、死を直視できるだけでも驚きだ。読んでいると、絵画的に情景が浮かんでくる詩的な美しい文章だ。人の心理描写も感動的だ。

今日の「不協和音」時代に頼もしい若者が登場したと確信する。

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