インターネット公開文化講座

わたしの家庭菜園

愛知の伝統野菜

尾張平野は木曽三川が運んだ肥沃な土壌と、温暖な気候から古くから野菜の栽培が盛んでした。またこの地域から織田信長、豊臣秀吉さらに徳川家康と我が国を背負った3人の首領が出たことから、この地の地侍が国中に散らばり、「在所のお母に珍しい物を食べさせてやろう」と、各地から名物が集まった時代があったのです。さらに徳川の時代には「水戸に名君あり。紀州に名臣あり。尾張にあるはダイコンなり。」と称されたように、政治に深入りしなかった領主に恵まれ、民の生活は安定していて、美味しい野菜を栽培し、品種を改良・保存をしてきたのでしょう。そんなこともあって尾張地方には野菜園芸が発達し、多くの伝統野菜が存在してきました。

・種苗商の繁栄と在来品種
 尾張地域の野菜は明治になって鉄道が開通すると東京、大阪へ出荷されこの、地域の野菜生産が黄金期を迎えます。さらに野菜生産を背景に、採種業が発展し、全国にこの地域で栽培されていた品種の種が販売されました。大正から昭和にかけてはダイコンやホウレンソウの種が台湾から旧朝鮮、満州(現中国東北部)にまで送られました。そのためF1品種が普及するまではこの地域で育成・栽培されていた品種の多くは、我が国の主要な野菜品種(宮重大根、次郎丸菠薐草、野崎ハクサイ等)でありました。昭和30年代以後は主要産地ではしだいに、栽培される品種がF1品種になりましたが、家庭菜園や地場市場向けの生産者には尾張の種苗業者が固定種を販売してきました。現在の販売量は過去に比べようがないほど減少しましたが、方領ダイコンは葉ダイコンとして適している、ササゲや白花千石は夏野菜として季節を感じる、などと評価され、多くの品目が全国各地に細々ながらも根強よく販売されています。
 愛知県では平成14年から伝統野菜振興事業に取り組み、在来品種を整理して、地産地消の活動などを通して、さらなる県産野菜の消費拡大をはかろうとしています。平成18年度までに整理を終えたのが第1表に示した21品目35品種です。


第1表 愛知の伝統野菜【21品目35品種】一覧

代表的な愛知の伝統野菜品種を紹介してみましょう。

1.宮重大根(みやしげだいこん)
西春日井郡春日町宮重地区が原産地とされます。青首で肉質が良く、漬け物、煮物用、切り干し、と用途の広い品種です。江戸時代から栽培が始められ、昭和の20年代まで尾張地方を中心に大面積の栽培がなされてきました。戦前には種子が朝鮮、満州、樺太まで販売され、用途別の品種も多く分化しました(第1図)。しかし昭和20年以後にはいると地力の低下とウイルス病の蔓延のため作付け面積は減少しました。また食生活の変化とともに、切り干し用の大きく、収量性の高い品種の多くは失われました。昭和50年代にはいると、首の青いF1品種が我が国の生食大根の主要品種となりました。これらの品種は種苗会社が宮重大根の品種や系統に耐病性や晩抽性を導入して育成した系統を両親にして採種したF1品種です。そのため我が国で現在消費される大根品種の大半のルーツは宮重大根にあると言っても過言ではありません。原産地の春日町では品種保存会を作って、戦後栽培していた生食用の品種に近い系統を保存し、一般の人にも栽培してもらい、先人の業績を記念し地域の文化財として保存しようと活動を行ってます。

2.方領大根(ほうりょうだいこん)
西春日井郡甚目寺町方領地区が原産地とされます。肉が緻密で、純白であり煮物用品種として古くから知られており。特に「ふろふき大根」としての利用が絶品とされます。江戸時代から栽培があり、明治になると早生、晩生と品種分化もはかられました。全国各地に種子が販売され、練馬大根の元になった品種であるとされます。宮重大根に次いで愛知県の種苗商のドル箱品種でもありました。宮重大根と異なり葉が横に開き、小葉が大きく、葉色が淡く、毛が少なく、根部は水牛の角のように湾曲した物が良品とされます。しかし種苗会社により収穫のしやすさや品揃いの改善のために、湾曲の少ない系統の母本を選抜してきた場合もあり、種の発売元で根部の形態はやや異なる場合があります。現在販売されている多く品種は早生方領大根がほとんどであり、晩生の品種は消失してしまった可能性が高いと考えています。原産地では町おこしの起爆剤として利用したいとして、在来品種の採種と保存に努めています。この品種は葉の特性から、葉大根専用の栽培も行われており、間引き菜の利用価値も高いものです。

3.愛知早生白玉葱(あいちわせしろたまねぎ)
明治初期に導入されたフランスの品種ブラン・アチーフ・ド・パリの改良種とされています。知多郡横須賀町(現東海市)で改良され気候も合ったことで栽培されてきました。球は偏円で尻部がくぼみ、白色で辛みや、タマネギ特有の香りの少ない特徴を持っています。そのため生食、サラダ用にむく品種です。日長11.5時間で結球を始める極早生種で、北海道でタマネギの貯蔵が進まない時代には、早出し品種として一世をふうびしました。母球の貯蔵性が悪く採種がやっかいなことと、生産が少なく、県内では種子の生産がなくなっていました。そこで愛知県種苗協同組合では国の遺伝資源をもちいて、平成13年から種子の生産を再開しました。タマネギを水にさらさず生食すると、血栓の予防に効果があると言われており、今後産直や朝市で早春の玉葱として販売したい品種です、またトンネルやハウスの多目的利用としての導入も考えられます。

4.越津葱(こしずねぎ)
京都の九条ネギ(葉ネギ)、関東の千住ネギ(1本ネギ)に対比される尾張特産のネギです。分けつ性が高く、葉と根ぶか部をともに食用にするのが特徴です。原産地は現在の津島市越津町とされ、徳川時代から栽培されてきたと伝えられています。分けつが3~4本になり、葉色がやや淡く、葉部が柔らかい特性を持っています。栽培が増えるに従って、分けつ性や、栽培適性の異なる多くの系統が、産地や種苗商で分系維持されて、それぞれの地域や作型に適する系統が栽培されてきました。しかし近年は、消費者の越津葱に対する認識の低下と、葉と根ぶか部を持った生産物を作る労力が多大であることから、産地によっては越津葱とやや異なった特性を持っ系統の維持もなされてきました。そこで愛知農総試弥富技術センターでは平成13年から、県内農家が自家採種を行ってきた20系統を集め、越津葱として優れた特性を維持している1系統を選んで、増殖採種を行い産地に返して特産物の振興を図ろうとしてきました。越津葱は、葉、根ぶか部ともに軟らかくおいしいため、すき焼きを始めとして多くの料理の材料に利用され、名古屋を中心とした尾張地域では重要なネギです。

5.もち菜(正月菜)
尾張地方のお雑煮は、かつおだしのすまし汁に切り餅を入れ、もち菜を添えたものです、この地方の年の始めに食べる野菜がもち菜です。もち菜は古くから尾張地方で栽培されてきた小松菜に近い在来の菜類です。種苗商では'中生丸葉小松菜'などとも呼んでいます。現在販売されている小松菜の多くは関東地方が原産でF1品種化されています。これらの特徴は葉色が濃く、肉が厚く、さらに収量と日もち性を高めるために葉柄が太くなっています。しかしもち菜の品種はこれらの改良が進んでいないため、小松菜品種に比べると葉色が淡く、収穫後葉色が早く黄化します。名古屋市内のスーパーなどでは年末だけ小松菜の売場がもち菜売場に変身する場合が多く、販売されているもち菜も多くは小松菜のF1品種です。しかし食感はもち菜が柔らかく、あくがなく、この味が忘れられない消費者もあり、名古屋市近郊の一部農家ではこだわりの生産を行っている人も存在します。栽培は従来は9月20日前後には種をして、年末に収穫してきましたが、近年は秋が暖かくなり、10月に入っては種しても年末に適度な大きさの株が収穫できる年が多くなりました。

6.治郎丸菠薐草(じろうまるほうれんそう)
尾張平野の中心にある稲沢市治郎丸が原産地とされ、日本在来の品種と洋種品種の自然交配で生まれた品種であると考えられています。尾張の畑作地帯が昭和に入ってホウレンソウの大産地となった時代の代表品種です。この品種は固定種ですが、次の時代はニューアジアに代表されるF1品種の時代になっていったのです。この時代夏には氷詰したホウレンソウが東西の市場へ貨車で輸送されました。品種の特徴は切れ込みの多い葉で、根部の桃色が鮮やかで。気温の低下した時期での糖度の上昇や、ホウレンソウ特有の香りが高い品種です。現在の多くのF1品種に比べると葉がやや細長で、葉色が淡く、厚さもやや薄いことから、結束した場合は、やや荷姿が大きく、長くなります。ボリュームのある荷姿にするには、収穫までにやや日数をかけ、大株で出荷する必要があります。

7.渥美白花絹莢豌豆(あつみしろばなきぬさやえんどう)
渥美地方は冬になると、伊吹山から三河湾を渡る風が強く、体感的には寒い地方と感じられます。しかし先端部の山かげは真冬でもキンセンカやキンギョソウが露地で開花するお花畑が過去には見られました。このような無霜地帯や農家の庭先で栽培されてきたのがこの品種です。麦藁で風よけを作り真冬でも収穫が出来ることから、春早く京浜市場に出荷されました。しかし昭和45年以後は9月には種をして、ハウス栽培できる高温着莢性品種(白姫等)が育成されたため、本品種を利用した営利栽培はほとんどなくなりました。半わい性で草丈1m前後で高くならず、花は白花で、莢は現在の栽培品種に比べると色がやや淡いです。温暖な地方では風の当たらない、日だまりのある庭先では、真冬から収穫が可能です。プランター植えでは防寒も容易なことから今後は家庭菜園や地元消費向け生産のためにぜひ栽培してもらいたい品種です。

8.白花つるなし千石
フジマメ(センゴクマメ)の白花半わい性品種です。収穫がつる性品種に比べて早く始まり、集中するため、ハウスを用いた促成栽培やトンネル早熟栽培に用いられています。清須市や海部郡甚目寺町で栽培が続けられてきましたが都市化の影響で栽培面積が減少しています。フジマメの営利栽培はおもにこの品種で行われています。種子は栽培農家が自家採種を行っており、莢の形にこだわって選抜を行い、品種を維持しています。千石船の帆の形に莢が似ていることから千石と呼ばれるのか、収量が多いことから千石と呼ばれたのかは推測のいきを出ません。相撲の名古屋場所が始まる時期が、早熟栽培の収穫盛期にで、この季節を代表する野菜として食べられてきました。ひやむぎやそうめんと合わせてゴマ和えやみそ和えとして、天ぷらの素材として特有の香りを楽しむことができ、初夏の訪れを感じさせる野菜です 。

9.かりもり
尾張地方に古くから在来する、シロウリ品種です、来歴は不明ですが、堅瓜とも呼ばれ、果肉が硬く、守口大根とともに粕漬けにされます。600g程度で収穫され、種の部分を出して、塩漬けにして、さらに何回か粕漬けします。数年のつけ込みによっても果肉が崩れない特性を持っています。自家用としては、早生かりもりと同様に浅漬けとしても利用されます。皮を剥いて、あんかけや煮物に利用しても美味しいものです。漬け物の神様とされる甚目寺町の萱津神社では毎年8月21日に漬け物祭りが全国の漬け物業者を招いて行われますが、その時に漬けられるのがナスやかりもりです。早生かりもりと同様の時期の栽培も可能ですが、粕漬けに用いられるものは5月下旬に定植して、8月に収穫します。

愛知の伝統野菜はその多くが、種苗商が全国へ販売する目的で維持保存をしてきました。しかし現在野菜産地ではF1品種の時代で、零細な種苗業者は廃業に追い込まれ、保有する品種が消えていく時代を迎えています。このような品種に光を当て文化財として後世に伝えていくためにも、伝統野菜品種を家庭菜園やベジタブルガーデンで栽培して、種子生産を続けていく努力が必要な時代になったと思われます。

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