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信天翁喫茶ワールド

信天翁(アホウドリ)喫茶主
医学博士 山中 直樹(宗直)

臨床喫茶学:43

和食文化と喫茶・茶の湯―5

 新石器文化は狩猟漁撈・採集生活から農耕・牧畜が生活手段として始まった時代でした。
 アメリカ大陸発見前の旧世界では既に東西で異なった食文化・料理法が発展しています。
 東の世界、特に南部では、農耕文化としてコメを主にした発展と魚を主流としてブタなどが補充される牧畜が行われました。
 料理調理法ではコメを粒のままで煮るか蒸すのが主流でした。
 一方、西の世界では農耕はムギの類が主となり、ヤギ、ヒツジ、ウシなどを家畜とする牧畜が発展したのです。
 料理調理法はムギなどの穀物を粉にして焼いて食べる調理法が発展しました。
 日本列島では氷河期の終わり頃(1万5千年位前から)の新石器時代に縄文時代が始まりました。
 世界の文化文明史上では、農耕が始まってから定住生活が開始されています。
 しかし、縄文時代には定住生活を始めましたが、農耕が始まる以前だったのです。
 何故に農耕開始以前に日本列島では定住生活が可能であったのでしょうか。
 四季折々の多種多様な動物質食材や植物質食材を狩猟漁撈・採集することが出来たからなのです。
 1万年以上続いた縄文時代と言えば多様な縄文土器が作られ、食生活のみならず、社会生活をするために重要な役割を果たしました。
 縄文土器は、各種の食材を火を使って調理するためには便利だったのです。
 火を使って煮る調理法の開始となり、今日に及ぶ日本料理の特色たる鍋料理の原初的始まりとなりました。
 動・植物質食材として、定住生活を始めた周辺にある多種多様な物をすべて利用しようと工夫努力したのが最大の特色です。
 縄文土器の利用によって可能となったことが多いのです。
 四季折々の動植物と水が豊かだったことは重要です。
 縄文土器は例えば、採集した堅果類であるドングリ、クリ、クルミなどを食材として調理法の工夫に役立ちました。
 更に、トチは水晒し、あく抜きによって食べられるようになりました。
 彼岸花の球根やフグのように毒を含む食材まで食べられるように工夫を行ったのです。
 四季の食材を保存や貯蔵するためにも役立てました。

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