文化講座
臨床喫茶学:36
健康寿命&平和寿命を延ばすスキ茶寄合-5-
縄文社会は殺戮の痕跡、遺跡がない
日本列島の本格的な歴史の始まりたる縄文社会は1万年以上続いたにもかゝわらず殺戮が行われなかった平和な社会でした。
縄文社会は台地に竪穴住居を建てて中央部に炉を設けて血縁生活をしていたのです。
竪穴住居の炉は今日の囲炉裏の元祖です。
私のスキ茶寄合にとって大切な原型が平和な縄文社会に共通してあったのです。
炉では縄文土器を用いて食べ物を調理し、一緒に炉を囲んで食事をしたのです。
明りともなり、暖房にも役立ちました。
今日でも囲炉裏を囲む寄合に安らぎ、安心を感じるのは火を囲む私達の元祖的縄文人以来の遺伝子があるのだと私は思うのです。
日本列島に人類が残す痕跡は7万年位前にアフリカを出た旧石器人達が2万年位前の氷河期にマンモスを追いかけてシベリアから陸化した海峡を通って来たことに始まります。
細石刃と言われるカミソリの刃のような石器を残しています。
1万5千年前ころから次第に地球の温暖化が始まり海面が上昇して大陸棚としての陸橋は沈んでしまいました。
マンモスなどの大型動物は旧石器人とともに絶滅してしまったと考えられています。
後氷河期と言われる1万6千年~1万年前には、日本列島に新石器人が渡って来ました。
シベリアのバイカル湖周辺の人類がイトウなどの大型魚を、オホーツク海のトドやセイウチなどの海獣を狩りながら日本海の海峡を通って日本列島に渡って来たのです。
気候が温暖化に向かった8千年~6千年前には南方系の漁民たちが渡って来ました。
気候が寒冷化に向かった5千年前には北方系狩猟民が渡って来たのです。
また、朝鮮半島から出雲族と言われる族が渡って来たとされていますが、まだ、十分判っていません。
竪穴住居に炉を設けて平和な1万5千年に及ぶ社会生活を送った縄文人たちは多民族が混合して地域に広がっていたのです。
北海道から沖縄まで竪穴住居で共通していた縄文社会は驚くほど交流が盛んでした。
縄文時代には南方や中国などが原産と言われるサトイモ、ヤマイモ、コンニャクイモ、ヒガンバナやクズなどが日本列島に伝わっていることからも判ります。
ソバは北方からです。
日本列島でのヒスイ原石は新潟県のみで産生されたのですが、日本列島の隅々にまでヒスイ作品が流通していたのです。
日本列島内のみならず東南アジアや東アジアなどの多様な交流があっても平和な社会だったとなります。