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茶の湯文化は日本のグローカル文化

信天翁(アホウドリ)喫茶主
医学博士 山中 直樹(宗直)

わび・さびの茶の湯文化−その5

前回取り上げましたように、我が国の本格的な喫茶・茶の湯文化は、鎌倉時代から南北朝時代に始まったことが、今日にも及んでいるのです。

唐物尊重体質は、その後、南北朝を統一した三代将軍・義満、六代将軍・義教、八代将軍・義政を代表とする歴代足利将軍によって、喫茶、茶の湯文化に導入され、発展に寄与しました。
日本と宋、明との貿易を積極的に行って、今日に伝わる中国美術品の名品を集めた代表的将軍なのです。

三代将軍・義満は、南北朝を統一して、有名な金閣寺を創建して、北山文化と呼ばれる文化振興の中心人物でした。
日明貿易によって、茶器や絵画などの輸入のみならず、花の御所と呼ばれる寝殿造りの室町御所を建築して、唐物で装飾したのです。

室町将軍家伝来の東山御物と俗称される座敷飾りの多くがあります。
また、申楽の芸術的発展と能の創立者・世阿弥を小児時代から可愛がり、積極的に支援して、遊芸の発展にも尽くしたのです。

六代将軍・義教は、建築好きで、義満の室町殿の跡に御所を新築した寝殿造りに加えて、会所も三棟建てたと伝わります。
会所には板張りの部屋に加えて、和風化した書院造りの部屋を設けているのです。
つまりは、本格的な元祖・書院造りと言えます。
囲炉裏部屋、御茶湯所、茶の湯棚、付書院などの記録が今日に伝わるのです。

義教は、1437年には後花園天皇の行幸を迎えて、三つの会所にあって、部屋という部屋に七百点に及ぶ唐物の道具や絵画で飾りつけたのです。
その飾り付けには能阿弥を代表とする半僧半俗の同朋衆が出現していたのです。
この同朋衆は、茶の湯などでの座敷飾り、唐物の保管のみならず、庭造り、立花や連歌などにも深く関わっていたのです。

八代将軍・義政時代には、能阿弥は唐物美術品の評価と整理を行っています。
能阿弥は義政に、わび茶の元祖・村田珠光を紹介したことでもよく知られています。

茶の湯文化は日本のグローカル文化
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