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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

骨董なんでも相談室 1回目 「なぜ美術品は美しいか」

 今回から3回にわたって「骨董なんでも相談室」を開きます。
今回は私が今まで受けたご質問の中から、初心者の皆さんに役立ちそうなご質問にお答えしたいと思います。ご興味を持っていただき、骨董・古美術にもっと親しんでいただければ、私もとてもうれしいです。

まず、一番多いのが、「美術品や骨董品の美しさや、その作品を鑑賞、理解するためにはどのような勉強をしたらいいのですか?」という問いです。

答え:今年の8月でこの連載も6年を経過しました。古美術の楽しさ、面白さは私自身が高校生の時から、古美術・骨董の世界にのめりこんでいますからよく知っています。それからすでに47年近くなります。いろいろな趣味といいますか、さまざまな方面へ興味を持ち、違うことにもいろいろ首を突っ込みましたが、やはり古美術・骨董に戻ってきてしまいました。ということは、やはり古美術・骨董が一番面白いからだと思います。東京の青山という、有名な骨董・古美術店が軒を連ねる地域がありますが、そこのもっとも有名で実力者であるIさんはこう言います。「骨董・古美術の商売は一番難しい商売だけど、一番面白い商売だ」と。私もそう思います。高価なものを売るという行為はなかなか難しいと思いますが、楽しむのはそう難しいことではありません。


東京の平和島骨董まつりで購入した志野の伝世の向付2個


白い長石の釉薬が美しい

 では美術品を鑑賞・理解するには何が一番大切でしょうか。私は高校生の頃、刀剣博物館の鑑定会で観た国宝クラスの刀の美しさに魅せられて、刀剣の勉強にのめりこみました。その経験から考えると、最も美しいとされる美術品を多く観ることでしょう。そしてできれば持って、触りたいところですが、それは今ではなかなか難しいと思います。ですから美術館に通って観ることです。たくさん、たくさん観る(※注参照)ことです。
 昔、骨董屋さんに弟子入りした新米の「丁稚さん」たちが店主から命じられたことは、いいものだけを観ること、すなわち店にある美術品をしっかり観て、店にある本で勉強することだそうです。その作品についての歴史的内容、見どころ、鑑定のポイント、美しさを他の美術品と比較する・・・それも店主は決して教えてはくれない。ですから店に来る学者さんやコレクターにわからないことは聞く、そうして自力で勉強したそうです。丁稚ではない皆さんにそれが可能なのが博物館、美術館です。いわゆる名品をじっくり観る。「見る」と「観る」の違いです。「見る」は単に見る、「観る」は注目しながら、味わい楽しみながら「観る」。観賞の観です。たくさんの美術品を観ていると、眼が肥えてきます。いいものがわかるようになる。それは比較をするからなのです。あれとこれでは、どちらが美しいか?それがとても大事なのです。美術の鑑賞はその積み重ねなのです。
 昔、ある男性の生徒さんから、「先生はこの蕎麦猪口を美しいというけど、どこが美しいのですか?」と聞かれました。抽象的な「美」を説明することは大変難しいことです。おそらく説明しても理解してもらえないでしょう。そこで私は彼にこう言いました。
 「『それは、美人はなぜ美人なのか?』と質問されているのと同じです。ある女性を見て、あなたが美人だと思うことは、他の女性と比較してということが前提になるでしょう。それもたくさんの女性を見れば見るだけ、その基準は厳しくなるでしょう。子供の頃からずっと周りの女性を見てきました。それと同じように美術品もたくさん観ないとその美しさはわかりません。たくさん観た人にだけ美しさがわかるのです」と答えました。彼は馬鹿なことを聞いたと恥ずかしそうにしていました。
 別に難しいことではありません。美術というと難しく考えてしまいがちなのです。もっとリラックスして楽しんでほしいです。たいていの場合、解らないというのは、自分で解ろうと努力してないからということが多いものです。


著者の書庫の一部...乱雑ではあるがどこに何があるかきちんとわかっているのです。
実は大型本を除いて、本棚の各段には手前と奥の2列に本が入っているのです。

 それから私は本から得る知識もとても大切だと思います。作品を観るのが50%、正しい本の知識も50%、その配分だと思います。作品の来歴、時代の背景、その作り方と特徴、他の作品との違い、などなどを知ることも大切です。その時代の文化、宗教、いろいろな背後の知識が必要になります。仏像の勉強を始めると、いずれは仏教の勉強もしないといけなくなる。この「いけなくなる」には「知りたくなる」という前向きな欲求が含まれているのです。これが非常に大事なのだと私は思います。学校の勉強は、ある程度の強制力がかかります。しかし骨董や古美術の勉強には強制力はかかりません。「もっと知りたくなる」、それは自分の自由意志であるし、より楽しむための純粋な知的好奇心なのです。ですから自然に覚えるのです。それに作品を買うという行為が入るともっと真剣になると思います。なぜなら大事なお金を使うからです。失敗(贋作を買うこと)は許されないからです。骨董の世界では本当は「買うことが一番良い勉強だ」と言います。真剣勝負だからです。そこでの失敗はなおさらいい勉強となります。ですがお金には限度があります。そこで博物館での観賞に力を入れてください。もしわからないことがあったら、人に聞く前に自分でいろいろ調べてみる「習慣」を付けましょう。どんどん幅広く知識が付きます。急がばまわれ、それが骨董の勉強法です。仮に勉強していたら他のジャンルに興味を持ってしまった、そうしたらそちらを勉強すればいいのです。自由に知識を得てゆく。
いつかはまた同じ場所に戻ってくるものです。骨董、古美術はそのように現在の好奇心を大切にして勉強できる、無限のすばらしい世界なのです。


絵高麗の水注 11世紀から12世紀 高麗時代(朝鮮)


唐草文様が美しい

 ※注→博物館や美術館での私の観方は少し普通と違います。どう違うかというと、館内を歩きながら、「あっ、これはすばらしいなぁ」と感動した作品だけじっくり観るようにします。パッと見て、あまり興味のわかない作品は飛ばします。何か感じた作品だけ観るようにしています。
 「特別展」などでは高額な入場料を払いますから、皆さんはすべて観よう、覚えようと身構える、これは疲れるだけです。気持ちはわかりますが、持続しない。いいなあと感じた作品だけを楽な気持ちで観るようにすることをお勧めします。3点感動できる作品があれば十分です。それでいいのです。その時の感性が研ぎ澄まされるからです。その感性が、次の観賞の時にはさらに向上して、自然と上のランクに眼が行くようになるからです。そうして今はまだ感動しない美術品にも、いつか感動する時がやってきます。その時がその作品を本当に理解する時なのです。是非、お勧めです。さらにその感動した3点の中から1点を頂けるとしたらどれをもらうか?笑えますが、そんな風に考えることも私の場合は作品を真剣に観る習慣を高めたと思います。


私の好きな魯山人の書、「天上天下唯我独尊」の手ぬぐい

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