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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

西洋アンティーク紀行 第11回 「ヴァンヴの蚤の市」


「ポルト・ド・ヴァンヴの蚤の市への道標」

 パリの週末、是非訪れたいもう一つの蚤の市がヴァンヴです。メトロのPorte de Vanves駅を出ると、Avenue Marc Sangnierの並木沿いに露店が並んでいるのが目に入ります。私が前回訪れたのは既に黄葉した葉が散る頃でしたが、街路樹が緑のトンネルを作る季節も素敵です。出店数は200とも300とも言われていますが、全て土日限りの露店です。クリニャンクールよりずっと小規模で、1時間ほどで回れます。朝7時頃から車の荷台を路肩に付けて荷下ろしを始めますが、遅めに開く業者もいるので、9時くらいから散策を始めるのがお勧めです。めぼしい店は昼過ぎからさっさと店じまいを始めますので、午前中が決め手です。


「ヴィンテージ風なコートとレトロな髪形が蚤の市の雰囲気に合っていた女性客」

 パリで蚤の市が始まったのは、18世紀と言われています。屑屋さんが貴族の排出したゴミの中から拾い出したものを売っていたのですが、高い税金や手数料がかからないように、パリの城塞の門(ポルトPorte)のすぐ外側で商った名残で、現在もこのパリの南端ヴァンヴPorte de Vanvesや北の端のクリニャンクールPorte de Clignancourt、そして東側のモントルイユPorte Montreuil等で古くからの蚤の市が開かれます。

 1920年代から続いているヴァンヴの蚤の市Marche aux puces de Vanvesにはいつもなにかしら掘り出し物があります。高級アンティークにはお目にかかれませんが、気さくな雰囲気の中、興味深い小物が手頃な値段で買えるところが、地元客のみならず旅行者にとっても魅力です。どこの国の蚤の市でも、女性に人気があるのはアクセサリー。本格的なアンティーク・ジュエリーは専門店に行かないと良いものがありませんが、蚤の市でも気を付けて見ていると可愛いものや、雰囲気のあるものが見つかります。単なる手作りの新しいアクセサリーを置いている店も多いですが、それでも気に入れば買ってしまう人が多いようです。コレクターズ・アイテムとしては香水瓶も人気があります。香のイメージを表現する為に意匠を凝らした香水瓶は、確かに魅力的なものが多いです。高級ブランドがラリックやバカラ等に特注した容器ですとか、古い香水瓶にはその香が作り出されるまでと同じくらい、様々なエピソードが秘められていて楽しいです。ここヴァンヴでコレクターが目を付けるほどの香水瓶を見つけられるかどうかはわかりませんが、昔懐かしい形のアトマイザー(香水のスプレー容器)等はドレッサーの飾りになりそうです。昔のハリウッド映画に出てきた女優さんが、身支度を整えると最後の仕上げに、鏡の前でパフパフッと香水を吹き付けていたシーンを思い出します。運が良ければ1920年代のものも見つかるかもしれません。


「楽しそうなアクセサリー選び。
ポップな色のアトマイザーは置き場所によってはお洒落なインテリア小物になります」

 今も昔も、メーカーやお店が販売促進の為に出すノベルティー・グッズには優れたデザインが溢れています。ホテルやレストラン、造酒業者のロゴの入った灰皿やグラスはその筆頭ですが、地道にキーホルダーを集める人々もいます。なんと言っても嵩張らない点が良いですが、キーホルダーの小さなスペースに集約されたデザインの粋が見どころと言えましょう。荷物にならず、価格も安いキーホルダーは旅の土産の定番でもあります。かつては観光地のロゴの入ったティースプーンを旅の記念に買って集める習慣がありましたが、最近ではそういう人は少ないようです。キーホルダーに話を戻すと、とにかく数限りなく作られています。集め出したら切りがなさそうです。ギネスの公式記録に登録されている世界一のキーホルダー・コレクターはアメリカ人で、2001年から集め始めてなんと41,418個お持ちだそうです。ヴィンテージではないのかもしれませんが、全て異なるデザインでこの数です。ギネスの記録は日々更新されるので、これはあくまで私が調べた時点での記録です。なんとなく集め出したら止まらなくなったのだろうな、と思います。もっと大きな物だったら、とてもこれだけの数を集めるのは無理でしょう。小さいだけに、壁一面にかけてディスプレーすることも可能ですが、中にはクリスマスツリーをとっておきのキーホルダーで飾るマニアもいると聞きます。1950年代から60年代、プラスチックの造形技術が進歩してから安価で軽く、実用的なノベルティー・アイテムとしてキーホルダーやボールペンを選ぶ企業が増えたようですが、メタルの魅力も捨てがたいです。値上がりは期待できませんが、気楽に集めるには適したアイテムです。


「ずらりと並ぶ小さなキーホルダーに一つずつ見入る客。
店主も苦労して並べた甲斐があるというものです。他人にはわからない何かがあるのでしょう」

 同じキーホルダーでも、ぐっと年代が古いものに、シャトレーヌがあります。昔の女城主(シャトレーヌChatelaine)が、鍵や家事に必要な小物を腰から下げられるようにあつらえたものです。ベルトに引っ掛けられる大き目のブローチのような装飾的なフックの下に、いくつか細い鎖紐が下がっており、その先には使用人が勝手に出入りできない部屋の鍵や、裁縫道具(針入れ、鋏、指貫etc.)や時計、気付け薬の入った小瓶など様々なものを付けていました。古代ローマの裕福な女性は、耳かき、毛抜き、爪掃除の道具などグルーミングに必要な小物をベルトから下げていたようですが、蚤の市でお目にかかれるものではありません。大きな館の女主人達が愛用したシャトレーヌも18世紀頃の完璧なものなどなかなかありませんが、探せば今でも19世紀の可愛らしい品が見つかるかもしれません。


「陽気な水着美女達。
両端の人形は似たようなポーズですが、微妙に違うのがおもしろいです」

 特に集めている訳ではないのに、思わず手にとり買ってしまいたくなるものが、蚤の市にはたくさんあります。上の写真の陶器の人形も見た瞬間、顔がほころびました。アールデコの時代のものは、厳格なフォルムの銀製品などが多いのですが、ビーチでくつろぐ女性達の人形はぐっと陽気です。セットで買うなら安くしておくよ、と店主のおじさんも大らかに勧めます。完品なので欲しくなりましたが、荷物になるのであきらめました。


「わけのわからない品が雑然と並んでいるようでも、見る人によってはお宝」

 玉石混淆の中から掘り出し物を得るのも楽しいですが、売り手の趣向がはっきりとした店もおもしろいです。例えば、貝や貝の化石ばかりを小さなテーブルに並べている店。遠目には石ころのようにしか見えないのですが、そうしたものを好きな客がちゃんといて、一生懸命品定めしています。


「小さな露店にもそれぞれの世界があるのです」

 絵を売る店も多いです。趣味で描いたのかな?と思うような絵もあれば、無名のアーティストの作品を売っている店もあります。昔の壁紙のサンプルを大量に集めた店もあります。絵ばかりではなく、こうしたものを額に入れて飾るのも素敵です。


「リトグラフ等が豊富に並ぶ店。帰国してから額装する楽しみも」

 この蚤の市にはクリニャンクールのような常設店はないので、家具類は少ないです。それでも頑張っていくつか運んでくる店主もいます。小物をディスプレーするのにアンティークのテーブルを使ってそれも売りものにする、というケースもあります。露店価格なら立派なダイニング・テーブルも手に入れ易いのでしょう。赤ちゃんを連れた家族が真剣に話し合って購入を検討している様子が微笑ましかったです。


「よほどこのテーブルが気に入ったのか、無関心な赤ちゃんをよそに、家族会議」

 蚤の市のコーナーでは、移動用に改造したピアノを弾くおじさんや、軽食を販売する店も出ていて賑やかです。端の方に行くほど売られている品がジャンク風になってきます。そうした店は、店開きも店じまいも遅く、昼過ぎても頑張っていたりします。しかし、たいていの店は1時にもなると引き上げ始めます。中には、売れ残りを持って帰りたくなくて捨てて行く業者もあり、それをあさって拾う人達もいます。そうやって物がぐるぐると回って行くのが蚤の市です。


「移動ピアノで人知れず曲を奏でるパフォーマー。
あまりお金を入れる人はいませんでした」

 さて、私もそろそろ帰ろうかと思いつつ、名残惜しくて前記のジャンク度の高い末端の露店まで一応全て見て行くことにしました。そこに、思いがけない品が待ち受けていました。初期パイプであるクレイパイプを模した、繊細なメシャム・パイプ。これは海泡石でできており、ドイツ語でメシャムMeerschaum、フランス語ではエキューム・ド・メールEcume de Merといずれも「海の泡」と呼ばれるマグネシウムの一種です。海で取れるわけではないのですが、時々黒海にこの白い石が水泡のように浮いている様がこの名の由来と言われています。100年以上大切に使い込まないとこんなに素晴らしい色合いにはなりません。また、このパイプには時代の美しいケースが付属しています。海泡石と琥珀で作られていること、店名、そしてパリのサンドニの住所がそこに金文字で印されています。かつてその店が確かに存在した時代にフワッと連れて行ってくれる、そんなパイプです。お値段はなんと5ユーロ。私にとってこの日、ヴァンヴの蚤の市で最高の掘り出し物でした。


「ヴァンヴで見つけたメシャム・パイプとオリジナル・ケース」
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