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骨董なんでも相談室

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

西洋アンティーク紀行 第10回 「クリニャンクールの蚤の市」

 あっという間のブリュッセル滞在。もう少し居たかったのですが、パリで蚤の市(マルシェ)の開かれる週末に合わせて、国際特急タリスに乗りました。TGVの改良型を採用したというワインレッドの美しい車体がわずか1時間20分強でパリまで運んでくれます。


最高時速300kmの「赤い列車」タリス

 さて、今回はヨーロッパ最大の蚤の市、クリニャンクールをご案内します。1880年代にこの辺りでスクラップ・メタルの売買が行われるようになったのを皮切りに、次第に様々な市が立つようになりました。1885年には行政が整備に乗り出し、市の開催される日時等が調整され、本格的に蚤の市として構成されていったのが始まりのようです。第一次世界大戦後の1920年代になると、間口3メートル程のプレハブの小屋が建てられて業者に貸し出されるようになり、より買い物しやすい蚤の市として海外からの観光客も惹きつけて発展していきました。現在では7ヘクタールの広さにわたり、大小13の蚤の市に分かれて2,500軒以上の店が並びます。正式名称はマルシェ・オウ・ピュス・サントゥアンLes Puces de Saint-Ouenですが、「ザ・蚤の市」と言った感じで単にレ・ピュスLes Pucesと呼ばれています。


クリニャクールの各蚤の市が赤い字で示されています

 パリの中心から地下鉄やタクシーで北端へ約30分。Porte de Clignancourt駅から徒歩3分ほどです。月曜(11am)に開いている店もありますが、土曜(9am)日曜(10am)がメインです。一時はパリ市南端にあるヴァンヴの蚤の市に人気を奪われたこともあったようですが、最近は新しい店も増え、活気が戻ってきました。一般客に混じってバイヤーや、インスピレーションの元を求めるデザイナーなどもまた訪れるようになったとのことです。クリニャンクールの蚤の市にはそれぞれ独立して運営されており、特徴があります。ここで全てご紹介することはできませんが、一日で全部回るには規模が大きすぎるので、お好みに合わせたマルシェに絞って散策するのが良いかもしれません。店の番号と照合できる地図を配っているところもあります。お手洗いや電話等の場所も明記されており、海外に発送してくれる運送会社の広告も載っているので便利です。


マルシェ・ヴェルネゾンの管理組合によって作成されたマップ

 例えば、種々雑多なガラクタ的な魅力のある古物の中から自分だけのお宝を見つけたい方なら、まずヴェルネゾンVernaisonへ。1918年からあるので、この蚤の市の中でも一番長い歴史を持ちます。ノスタルジックな文房具やお部屋の壁に飾りたくなるレトロなポスターやカードの店、ブリキ缶やおもちゃ、ビーズや手芸用品、キッチン用品、インテリア小物等、挙げればきりがないほど様々な品を売る小物屋さんが豊富に並びます。


壁を覆う分厚い蔦が美しく紅葉して一際目立っていた店

 私は、この蚤の市に着いて早々、前述のヴェルネゾンの角にある店のウィンドウに惹きつけられました。そこには、手のひらに載るほどの大きさの肖像画がありました。頬を赤く染めた貴婦人がじっとこちらを見つめています。


貴婦人のミニチュア肖像画。当時としては高価な真珠やレースで着飾り、純潔のシンボル、百合の花が手に描かれています

 ミニチュア肖像画は、古代・中世の写本の挿絵である細密画から発展し、16世紀頃から流行りだしました。高貴な人の政略結婚などのお見合い写真のように使われることもあれば、遠く離れた戦場や商用での長旅に、大切な人の姿を描いたものを身に着けて行けるようにと作られたのです。最初は主に子羊や子牛の皮紙に水彩絵の具で描かれました。トランプの裏に描いたり、動物の皮を薄く伸ばした紙をトランプの裏に貼り付けたりすることもあったようです。17世紀後半には薄い銅の板にガラス質のエナメルで描く手法が広まりましたが、銅板に油彩で描いたものもあります。この肖像画も銅板に油彩です。18世紀になると象牙に水彩絵の具で描くのが主流になったので、描かれている人物の服飾の他、こうした材質も時代を知る手がかりになります。やがてミニチュア肖像画の役割は写真に取って代わられ、廃れてしまいました。


思い切って肖像画を購入して店主と記念撮影

 以前持っていた素晴らしいミニチュア肖像画を手放して以来、私はずっと後悔していました。それと同レベルのものに出会うことがなかったからです。これだけ良く描けて、状態も良いものはめずらしいです。とても柔らかい、品の良い表情です。なかなか高価だったので、かなり粘って交渉し、購入しました。この肖像画の女性は遠く離れた東洋の国、日本を知っていたでしょうか。


マルシェ・ヴェルネゾンにあるリネンの店「ジャニンヌ・ジョヴァニーノ」

 上の写真は、1900年代のリネン類を扱うお店です。白い壁に赤い扉が際立っています。ここに店を開いて、かれこれ20年だそうです。いつ覗いてもお客さんがたくさんいて、熱心に見ています。古い布ものというと、シミでもついていそうですが、まるで洗いたて、アイロンかけたてのような状態の良いキッチン・リネン、テーブルクロスやナプキン、ハンカチ、ベッド・リネンが、整然と並べられており、窓から差し込む柔らかい秋の光を反射してとてもきれいです。手袋や大切に使われた赤ちゃん用品もところどころに陳列されており、女性好みの店と言えそうですが、奥様に付き合って男性も一生懸命見ています。


ジャニンヌ・ジョヴァニーノの店内はとても静かなのに、熱気に満ちています

 他にも、レースやファッション小物をお探しなら、ドーフィンMarche Dauphineがお勧めですし、1970年代にできたセルペットMarche Serpetteにも広い建物の中にレースや鞄類などモード系のものや、家具類の楽しいお店があります。高級品を多く扱っているのはビロンMarche Biron。マルシェによって店の種類が厳格に分かれているわけではないのですが、クリニャンクールの蚤の市の入り口から始まる中央のロジエ通りRue Rosier沿いに人気の店が並んでいます。そして奥に入ると、大きな家具を売る店や、古いレコードを売る店など、枚挙に暇がないほど種々雑多な店が並んでいます。


小道にもおもしろい発見がたくさんあります

 グラスや磁器、陶器類も素敵ですが、持って帰るのが大変です。私は、ブリキのおもちゃの店で足を止め、自動車を衝動買いしてしまいました。特に探していたわけではないのですが、思いがけず楽しいものに遭遇するのが、蚤の市の醍醐味です。


鹿の角、絵、古い鍵などが並ぶ裏通りのスタンド

絵も人気です

大きな家具を楽しそうに選ぶのは、アメリカ人客が多いようです
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