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骨董で贋作をつかまないシリーズ

日本骨董学院・学院長
東洋陶磁学会・会員
日本古美術保存協会・専務理事 細矢 隆男

有名な鑑定人でも最初は素人

今回より「古美術・骨董入門」の続編といたしまして「骨董で贋作をつかまないシリーズ」を12回にわたり書かせていただきます。私の今までの経験の中から、皆様の骨董収集に少しでもお役に立ちたいという気持ちで書いてみたいと思います。

再度登場していただきますが、私の尊敬する古美術商の一人に、日本橋の「不言堂」のご主人、坂本五郎さんがいます。坂本さんは日本経済新聞社の人気連載「私の履歴書」に古美術商として始めて掲載された方です。古美術商の丁稚奉公から始められて、今や日本でも数本の指に入る古美術商になられた方です。私はいつでも初心者の皆様にお話するときに、坂本さんのお話が出てきてしまうのです。それほど坂本さんの修行方法は私にとってインパクトがありました。

彼のすごさは真贋についての考え方です。古美術・骨董を購入するとき、本物かニセモノか悩みます。これは古美術愛好であれば永遠の課題といっても過言ではない重要なテーマです。初心者でもベテランでも誰でも常にニセモノに遭遇しますし、またつい購入もしてしまいます。古美術・骨董の世界では「失敗は最大の薬」という言葉もありますが、しかし失敗ばかりしていたのではお金もかかるし、おもしろくありません。

坂本さんの古美術・骨董に対する姿勢は「プロは1度の失敗は許されるが、2度は許されない」というものでした。これは一見簡単に見えて、実はなかなか大変な課題なのです。2度の失敗は許されない。最初の失敗は始めての経験だから仕方ないのですが、その一度の失敗からその作品に関してはすべてを学べということなのです。すなはち贋作を買ったら、以後二度と同じ種類の贋作を買ってはならないということです。
たとえば中国の唐三彩のニセモノはたくさん骨董市に氾濫していますが、それをいいと思って買ってしまったとします。いいものを買ったと自慢して周囲の者に見せると、皆が首をかしげる、そこで自分がニセモノを買ってしまったと気づくのです。そこからが坂本さんは違うのです。われわれでしたら、その作品を買った店に駆けつけて、返金の折衝をしたりすることを考えます。あの骨董商はニセモノを売った。けしからんと考えます。
ところが修行途中の坂本さんは、その唐三彩のどこがいけないのか、徹底的にいろいろな人に聞いて回ったそうなのです。唐三彩について、自分の失敗を通してさまざまな鑑定のポイントを知った坂本さんは、もう失敗しません。こうした姿勢を以後ずっと続けていったそうです。ですから一時は「贋作つかみの坂本」などとあだ名されたこともあったそうですが、事実彼は一通りの失敗をしたことになります。ですがそれ以後はもう失敗はしないのです。自分のプロとしてのプライドも捨てて、聞いて尋ねて勉強したわけです。失敗したから、身にしみて理解できたのです。
こうして今や坂本さんは日本でも有数の古美術商・骨董商になられたのです。人間は心がけ次第で大きくも、ダメにもなるものだとつくづく思いました。

では古美術商・骨董商に丁稚に入れば、主人から何でも教えてもらえるのでしょうか。昔の丁稚奉公は朝から晩まで雑事の連続です。その合間をぬってお客様の情報、好みを頭に叩き込みます。主人とお客様のお宅に品物をもって伺うときなどは、主人が「あれ出しなさい」といえば、きちんと主人の思うところの品物を出さねば後でしかられる。その場で「あれ」ってなんですか、など聞けない。あとでお客のことをもっと勉強しろと怒られる。一事が万事ですから大変です。ただ唯一のメリットは優品が店にあることです。それと勉強するのに必要な書籍が揃っていることです。ですから自分で勉強するには事欠きません。誰も尋ねなければ教えてくれません。物をみて覚える、すべて自分の意欲と努力にかかっているのです。

奉公も相当進み、自分でもかなり勉強したかなと思ったある日、主人から50万円渡されて、A会(業者が古美術品、骨董品を仕入れる市)にいって仕入れて来てくれと言われました。自分もこれで主人から一人前と認められたのだ、と勇んで市に行っていくつかの品物を買ってきました。主人はどれどれ、どんなものを買ってきたかと見てくれると思いきや、明日その荷物を持って、どこそこの会に行って売ってきなさいと言うのみです。仕方なく翌日その会に出向いて今度は売りに回ったのです。

結果は無残にも手元に来たのは20万そこそこの売り上げ代金だったのです。そこで自分の目の甘さ、買いの甘さを思い知ったのです。主人に合わす顔がない、30万も主人に損をさせてしまった。首をうなだれて、売上金を渡す丁稚に向かって主人はこういいます。「明日から真剣に勉強しなさい」。

実はこれは主人もその主人から教えてもらった伝統的な「儀式」の一つだったのです。しかしそこで奮い立つか、自信を喪失してダメになるかは、本人の心がけと意欲の問題です。こうして一人の古美術商・骨董商が誕生します。それと同時に「○○古美術店」で修行したという、いわば「卒業証書」をもらって、業界にも認知されるようになるのです。
次回からは具体的な事例に的を絞ってお話いたしたいと思います。

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